運命の輪 | ナノ

  凩と凪


『すみません、着替えは扉の近くに置いときますね』

「お、ありがと結ちゃん!ついでに結ちゃんも一緒に風呂入ら…ごふぁっ!!?」

「左近貴様ぁあぁあぁっ!!不埒なことをほざくな!大人しくしていろ!」

「三成くん君もだ。君の声は特に響くだろう?」

『…………』




…左近くんが静かになった。三成さんが湯槽に沈めたんだろうか


秀吉様と忠勝さんも闇に紛れることができる深夜。こっそり神社を抜けた私達は今、勝家くんの実家にいる

【柴田屋】という老舗の銭湯。そこでお風呂に入ってもらい、全員の洋服…秀吉様には入らないから着流しを準備した。それでも小さいかもしれない




「結、彼らの様子はどうだ」

『あ…ううん、大丈夫。ごめんなさい勝家くん…』

「謝る必要はない。結が自分を責める要素はないのだから…」

『…ありがとう』

「いや…それよりも、これからどうするつもりだ。戦国武将と名乗っても誰も信じはしない」

『うん、とりあえずは店にいてもらうよ。マスターが建てたから広いし…部屋数も多いから』




マスターは喫茶店が趣味としか思えないくらいお金持ちだった

それも謎のひとつではあるけれど、とにかく一階を店にした彼の家は広い。二階を生活スペースにし、三階にコレクションを並べた展示室を作るほどに



『あの収集物を倉庫に移動させたら…秀吉様や官兵衛さんみたいな大柄な人も平気だと思う』

「大きさの問題は、本多氏をこちらで匿うと決めた時から解決だ。今はそれではない」

『ん?』

「結…他の者らも私が預かる。お前と暮らさせはしない、女一人では危険すぎる」

『…ありがと勝家くん、でもね、やっぱりうちに来てもらう』

「……………」

『私のせいで、こっちに来ちゃったみたいだから。責任って言うのかな…』




帰るきっかけも私にあるかもしれない。秀吉様や半兵衛さんが言っていたように

そして彼らはまだ、私を信用していない。吉継さんが私の家を宿にしたいと言い出したのも、信用ならないからこそ見張りたいんだと思う




『それに、これ以上…勝家くんたちに迷惑、かけたくない…』

「結……」

『…………』

「…迷惑ではない。居候が二人から更に増えたとしても、大差はないのだから」

『…………へ?』





居候が……二人?











「…すまない結、勝家殿と話しワシもこちらで厄介になる。忠勝を独り残すわけにもいかないからな」

「…………!」

『そ、そうなんだ…家康くん…うちに、来ないんだ…』




敷地の奥にある古くて大きい蔵。小さい頃にかくれんぼをして遊んだここに、忠勝さんは綺麗に収まっている

ここなら立つことも移動することもできるし…ただし、家康くんも一緒に、だ




「結…すまん!」

『い、いいんだよ、当たり前だし!家康くんは…忠勝さんと一緒に、勝家くんちにいた方が…』

「…やはり、他の者は結が引き取るのか?」

『………うん、』




小さく返事は返したけれど、さっきまでと違い急に不安になる

私が平気だと言えていたのは、家康くんも一緒だと思っていたからなんだ。彼がおらず、みんなと一緒に暮らすことが私にできるのか


…偉そうに引き受けたくせに、私は、本当に独りじゃ何も決められない




「っ……すまん結、三成も悪い奴ではない。あの時はカッとなっていただけなんだっ」

『あ…う、うん』

「無闇に女子に暴力は振るわない、そこは言い切る。他の奴らも、弱いもの虐めなんかはしないさ」

『………うん』

「…何かあれば必ずワシが行く。日中は結の店にも行こう、大丈夫だ」

『…………』

「っ………」

「おいおい、こんな所でも御狐様とねんごろかい権現!」

『ひっ!!?』

「あ……」




突然、背後から聞こえた声に私は飛び上がり、慌てて家康くんの背後に隠れる

少し驚いた彼だけど、ハッと声の主を見つけやれやれとため息をついた


大柄な男の人。前髪が目を隠すほど長く、ボサッとした髪を後ろで束ねている。日中急いで買った大きなサイズの洋服も少しだけ小さいらしい




「官兵衛…結を驚かさないでくれ。怯えてるじゃないか」

「すまんすまん!おう御狐様、いい湯だったぞありがとさん」

『あ…は、はい』

「ははっ、結!官兵衛は体は大きいが気は優しい。怯える必要はないぞ」

「そうだぞ御狐様、小生ともお近づきになってくれ!」

『…お狐さま?』

「官兵衛…」

「おう、そうだな。仲良くしてくれ結っ」




ゲラゲラと笑う官兵衛さんは、確かに他の人たちとはどこか違うみたい

怖くはない、そう思いそっと官兵衛さんの前に出た私を見て家康くんが何か思いついたようだ




「そうだ官兵衛!ワシがいない間、結を守ってくれないか?」

「あ?」

『え……』

「三成は結がワシらを拐ったと思っている。半兵衛殿や刑部も結を疑っているだろう…乱暴はしないと信じてはいるが」

『家康くん…』

「だが結を孤立させたくはない、頼む官兵衛!何かあった時は結を守ってやってくれ!」

「うぅむ…それを小生に頼むか?奴等と同じく、この子を疑っているかもしれんぞ」

「それでも結が悪い人間か否か、官兵衛ならば直ぐに見極めてくれると思っている」

「そりゃあずいぶんな信頼だ。だがそう言われちまったからには無下にもできん!御狐様のお守り、やってやろうじゃないか!」

「本当かっ!!?」



よかったと笑う家康くんが私を振り向く。そしてもう一度、官兵衛は優しい男だから大丈夫だ、と

そんな家康くんと彼を見比べる。私を守ってくれるという彼。家康くんがいない間は頼れという彼




『あ……あの、』

「何だ?小生じゃ不満か?」

『っ―……いえ…ありがとうございます官兵衛さん、』

「お?はははっ!!そうだそうだ、女はそう愛想よく笑っとけ!」

『あは、官兵衛さんもよく笑う人、ですね』

「おうよ!笑うぐらいしか不運を払う方法を知らんからな!小生にもご利益を頼むぞ御狐様っ」

「だから結は狐じゃない、何度言ったら解ってくれるんだ…」

「もうあだ名でいいじゃないか。そうだ、他の連中も風呂から出たはずだ」

『っ……そう、ですか…』

「結…」

『じゃあ家康くん、忠勝さん…また、』

「…ああ、」

「…………」










『すみません、お待たせしました!』

「貴様!何処でなにをしていた、まさかあの勝家という男と―…何故、官兵衛が一緒にいる」

「当たり前だろ。なんせ小生は御狐様の守役だからな、なぁ?」

『は、はい…』

「…また一人、豊臣の兵が憑かれたかっ…!」

「三成様、三成様!俺は別に憑かれてないっすよ!ちょっと好奇心につられ―…!」

「黙っていろ!」

「……うっす、」

「夜も深い、そう騒ぐな三成、左近。暗ならば遅かれど憑かれておったわ…さて御狐殿、ぬしの巣へ案内してくれるか?」

『っ、はい!こっちです…』




現代に馴染むよう洋服を着た彼ら。それでも手には、来たときと同じく本物の武器が握られている

彼らの先頭に立ち歩き出す私。その後を警戒しながらついてくる三成さん、そんな彼と私の間に入って距離をとってくれる官兵衛さん…と左近くん

その後ろをフワリと吉継さんが、半兵衛さんと秀吉様がついてきて…最後尾ではのんびりと、又兵衛さんが歩いていた




「…妙な場所へ向かえば即刻首をはねる」

『…………』

「三成様、一々脅さなくても平気っすよ!ね、結ちゃんっ」

「左近…貴様も共犯ならば斬る」

「う、うっす…!」

『…………』




背中に突き刺さる視線を感じながら、少しだけ振り返り左近くんと官兵衛さんを見る

私の視線に気づいた二人はニッと、笑ってくれた





20140216.
豊臣軍の風シールド

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