可愛い君の願い事
「…でだ!今日も昨日も同じ道で事故だぞ?小生のせいかと思うとやるせない」
『なるほど。普通は気のせいだと片付けますが、黒田くんだと笑い話にできませんね』
「だろう?小生も不安でなぁ」
『私も心配です』
「え…し、心配してくれるのか?」
『もちろん。インタビューは顔出しNG、そんな子には見えなかったと模範解答しますが』
「警察沙汰っ!!?いやいや流石にそこまではないぞっ!!」
『分かってます、黒田くんは虫にも馬鹿にされる優しい人ですから』
「そこは虫もころせない、だろ…!いや、まぁいい。そういえばナキ…」
ガラッ
「小石、待たせたな」
「……………」
『あ…雑賀さんと風魔くんのお迎えです。では黒田くん、また明日』
「おう、またなナキ!」
・・・・・・・。
「…これ、小生たち、付き合ってるんだよな?」
放課後の図書室に独り残された小生は、雑談を始めてから1ページもめくられていない本を睨む
…ナキにラブレターをもらい、OKの返事をしてから数週間。カップルとなったはずの小生たちはそれまでと何ら変わりない
ナキの登下校は雑賀と風魔が一緒。休みといえば又兵衛のとこの猫の餌を買いにスーパーへ。同じクラスの小生より、隣のクラスのかすがと一緒にいることが多い
…あれ、付き合ってないのかこれは?そう思える程、小生の思い描く青春と現実はかけ離れていた
「いやいやいや!確かにあれは熱烈なラブレターだったし!ナキにしっかり返事しただろっ!!間違いないっ!!」
じゃあなんだ?小生にとっては物足りないが、ナキにとっては今が満足なのか?
確かに恋愛のれの字も知らない、いや興味なさそうなナキだ。こうやって放課後、図書室で談笑するのがデートのつもりかもしれない
…あれ、じゃあ毎日デートしてるんじゃあないかこれ?
「そ、そうか…だがもう一歩くらい踏み出しても…手だってつないだことないのに」
「おや、おこまりのようですね」
「ん?おお、上杉!」
「ふふっ、ほんじつはおひとり…かのじょはいらっしゃらないのですか?」
「か、彼女っ!?い、いやぁ隠してたつもりなのにバレちまうか、はははっ!!」
「こいびとのつもりでいってはいませんが…まぁよいでしょう。こまりごとはそのかのじょのしわざ」
「そうなんだ上杉聞いてくれよ!くそっ、小生はなぁっ」
そして入れ替わるように現れたのはマドンナかすがの憧れにして野球部エース、歩くリア充の上杉だ羨ましいこった
そんな上杉がナキを彼女とか呼ぶからいやぁ困ったな!照れる小生を妙に優しい顔で眺め、奴は前の椅子にすっと座ってくる
「それで、はなしとは?」
「女が喜ぶデートに誘うにはどうすればいいと思う?惚れ直されちまうぐらいにカッコ良く、とかな!」
「ふふっ、あなたにはぼーるをはりのあなにとおすほどのなんだい」
「え?」
「おや、おもわずくちが。そうですね…さぷらいずにきょうじずとも、かのじょにいきたいばしょをきいてみればいい」
「お、おお…しかし女はサプライズに弱いんじゃないのか?」
「いっぽうてきなさぷらいずよりも、じぶんのわがままをきいてもらえる。それがよりあいをじっかんできるというもの」
「あ、ああ愛っ!!?愛…そうか、愛、か…むずかゆいなっ」
だが、そうだなそうだ!ナキはいつも男前な雑賀と一緒なんだ。ちょっとやそっとのデートプランじゃあ太刀打ちできん
雑賀がライバルってのは妙だし勝てる気がしないが…あの上杉のアドバイスだ!今回はいける!
「よし、早速明日、ナキに聞いてみるかっ!!ありがとな上杉っ」
「いえ、れいなど。わたくしもすぎゆくはるをみまもりたいだけ」
「春?」
「あおきはるはいっしゅんのこと…まよわずおいきなさい、わたくしがじょげんするならばそれです」
青春はすぐに終わる…始まったばかりの小生に、それはあんまりじゃないか?
『行きたい場所?』
「そうだ!いつになるか分からんが、休みの日に少し遠くでもどうだ?」
『私と黒田くんで?』
「もちろんそのつもりだが…い、嫌だったか?」
『いえ、やはり黒田くんは物好きなんですね。かまいませんよ』
「お、おうそうか!じゃあどこがいい、どこでもいいぞっ」
『シロとクロの新しいキャットタワーを買いに行きましょう』
「遠出って言ったよなっ!!?」
『冗談です』
放課後。いつものように図書室で過ごす小生とナキ。だが今日はいつもと違う
風魔は家の都合とかで今日は休み。一番厄介な雑賀も後輩女子に呼び出されたとかでいない。正真正銘二人きりな今、昨日アドバイスもらった通りに行きたい場所を聞いてみた
…が、やっぱりナキだ。期待通りの返事なんてもらえない、もっとあるだろ映画とか動物園とか…!
「どこでもいいんだぞ、ほら、あるだろ?雑賀とか風魔にも頼めない場所っ」
『……月?』
「却下だっ!!」
『冗談です。そうは言われても私は基本インドアなので…黒田くんは行きたい場所ないんですか?』
「小生のはいいんだよっ、ほら、ナキが行きたいとこ!教えてくれこの通りっ」
『おぅふ…行きたいとこ…ですか…行きたいとこ…』
「見たいものとかでもいいぞ!ほらほら言ってみてくれっ」
『見たいもの…』
ナキが呟いたその時、図書室の窓へふっと風が吹き込んだ
それに合わせて揺れるのは薄桃のカーテン。そしてすぐ側まで靡いたカーテンをじっと見つめるナキ
その横顔は、いつものナキと違う妙に幼い顔
『……桜』
「へ?」
『私、満開の桜が見たいです』
「さ、さくら?」
『桜…桜です』
しばらくしてナキが答えてくれたのは意外にも花…満開の桜だった
それを聞いてから窓へ視線を向けると、カーテンの間から見えたグラウンドの木。それは真っ青な葉をつけた桜の木だ
「…季節はずれだな」
『はい』
「次に拝めるのは4月…いや3月か。だが、その時には…」
三年の小生たちは、もう卒業しちまってる
「…卒業、か。確かに春ってのはあっという間に終わっちまうな」
『青春ですか?私は青春に出会っている実感はありません』
「っ…………」
『昔、桜の中に置いてきました…拾い上げに行く気もありませんが、やはり、楽しみたい気もしますね』
「ナキ…?」
ああ、なんだなんだ。やっぱり子どもっぽい…可愛い顔するんだな
それでも何だか泣きそうじゃないか、なんでそんな顔すんだよ、お前さんらしくもない
お前さんがそんな顔するんなら小生は…
「よし、桜だなっ!!見に行こうっ!!約束だっ」
『…本気ですか?』
「おうっ!!待ってろナキ、小生がパッと桜を咲かせてやるっ!!お前さんが思わず笑っちまうぐらいなっ」
『………………』
「どうだ?」
『…やっぱり物好きです黒田くん。期待せず、待ってますね』
「おうよっ!!」
その時、ナキの笑顔が見えたらいいのにな
20150730.