Σ-シグマ-高校時代 | ナノ
青春と恋患いと猫


 
あの人と猫とオレ様は雨の日に出会った




『風邪をひきますよ』

「余計なお世話なんですけどぉ?文句あるんですかぁ?ねぇ、どこ座ってようがオレ様の勝手でしょーが、ぇえ?」

『はい、貴方が雨に濡れる危ない趣味があろうと、風邪をひかないほど馬鹿であろうと私に関係ありません』

「・・・・・」




先輩との初めての会話は、贔屓目にみても好印象には受け取れない

なんでオレ様はあの人を……なんでしょうね















『クローっ、シローっ』

「出てこいクロっ!!シロォっ!!」




行方不明になった子猫を探し、オレ様のアパートと学校のちょうど真ん中ぐらいまできた

ナキ先輩と一緒に名前を呼ぶが出てきやしない。他の先輩連中からもいい返事は返ってこないし…!




「っ、くそ、オレ様のとこから逃げちまったん、ですかねぇ…!」

『そんなわけありません。いくら顔が怖いからって、後藤くんから逃げるなんてありえません』

「え、怖いです?オレ様の顔って怖いです?」

『ん…見てください後藤くんっ』

「へ?」




ナキ先輩が指差した少し遠くでは、真っ黒なカラスが妙に低空飛行しているのが見えた

ここからでもカァカァと喧しく鳴いているのが聞こえる。ゴミでも荒らしてるのか、それとも…





『……烏め、』

「はい?」

『雑賀さんの口癖です、嫌な予感がします。行きましょう後藤くんっ』

「え、あ、先輩っ!?」














『いましたっ』

「っ、クロっ!!シロォっ!!!」




先輩と共に駆けつけた先に黒い毛玉と白い毛玉がいた。一目でアイツらだと分かると同時に、思わず名前を叫んでしまう


二匹の頭上にはさっき見えた烏。そしてそいつがシロとクロ目掛け、急降下と上昇を繰り返していた

道の真ん中で小さくうずくまり動かないシロ、その傍らで毛を逆立てながら烏に爪を突き出すクロ


ゾワリと寒気が走った。クロとシロが、烏に襲われてんだ




「〜〜っ!!!おぃお前ぇっ!!!そいつらから離れ−…!」

『退いてください後藤くんっ!!でぇやあっ!!!』

「へ?って、うぉおっ!!?」




次の瞬間。少し後ろにいたナキ先輩が大きく振りかぶり、大声と共にその手の鞄を烏目掛けてぶん投げたっ!!

鞄は綺麗な直線を描き烏に直撃。蛙が潰れるような悲鳴をあげたかと思うと、一目散に空高く逃げていく




「せ、先輩…あんな大声出せるんですね…」

『そんなことより今はあの子たちです、きっとシロは大怪我ですよっ』

「あっ…っ、シロォっ!!!」




慌てて二匹へ駆け寄れば、未だ興奮気味なクロがニーニー鳴きながらズボンを掻き毟ってくる

その傍らのシロは丸まったまま震えていて…烏にやられたのか真っ白な身体の所々から、真っ赤がにじみ出ていた




『すぐに病院です。後藤くん、鞄とクロをお願いしますっ』

「いや、オレ様が持ちますよぉおいシロっ!!しっかりしろっ!!」

『あっちです急ぎますよっ』




オレ様から鞄とクロを受け取り走り出したナキ先輩。その背を今度はシロを抱えて追いかける

急げ、急げ、急げ…!















「はぁあっ…」

『なんとか治療は受けられましたが…明日までは絶対安静、入院ですか』

ニー…

『大丈夫ですよクロ。貴方の怪我はたいしたことないみたいですね』




あの後駆け込んだ動物病院で治療を受けたシロは今、ぐったりとケースの中で横になっていた

幸いにも命に別状はないらしいが…ガリガリと頭を掻くオレ様を、先輩はじっと見上げてくる




「……オレ様が、ちゃぁんと見てたら…シロもクロもカラスなんかに苛められてなかったんですかねぇ」

『何を言うんですか後藤くん。この子たちもずっと貴方の頭に乗り続ける赤ちゃんじゃありません』

「まだ子猫じゃないですかぁ…」

『子供はあっという間に成長します。それにシロが無事だったのは、クロが勇敢に戦ったからですよ』

ニーッ

「…クロお前ぇ、ちゃあんとシロを守ってたんですねぇ。偉いじゃないですか」




先輩の腕の中にいたクロをガシガシ撫でてやれば、ドヤ顔にも見える表情でニーッと鳴きやがった

確かに自分より大きなカラスと渡り合ったんだ、偉い偉い、さすがはオレ様にそっくりな猫ですねぇ




「…オレ様、今日はここに残りますんで。先輩はもう遅いですからぁ?帰ってくだ…」

『鍵ください』

「はぃい?」

『後藤くんちの鍵ください。クロと一緒に今日は後藤くんちにお泊まりします』

「お泊まり……は、はぁあっ!!?先輩がっ!?オレ様んちにっ!?お、おおお泊まりっ!?」

『クロの餌やトイレ、後藤くんの着替えやらもろもろ必要でしょう。大丈夫です、エロ本やエッチなビデオは全力スルーします』

「んなもんありませんからぁあっ!!あ、いや、ですけど…」

『私を家に入れるのは嫌ですか?すみませんが我慢してください、クロとシロのためです』

「………………」




ずいっとオレ様に向かって手を差し出すナキ先輩。どさくさにまぎれ、クロもピョコッと片手を出してくる

それを見比べ悩む仕草を見せようにも結局結果は決まってんだ。この人に何か言っても、まぁ、聞いてくれないでしょうしねぇ


それに…





「…お願いします」




その小さな手に、キーホルダーなんてない剥き出しの鍵を乗せた















「か、帰りましたよぉ先輩…ま、まだいたりしますかぁ…な、なぁんてっ」

『………………』

「うぉああっ!!?」

ニーッ!!

ミーッ




オレ様と退院したシロが家に戻ったのは翌日の朝だった

一夜明ければ幾分か元気になったシロ。未だに所々が包帯ぐるぐる巻きだが、いつもの可愛げない…どこかナキ先輩に似た雰囲気でミーミー鳴いている


そしてオンボロアパートに入れば出迎えるクロ。玄関には女物の靴。やっぱりか、やっぱりいるのかと部屋の中を覗けば…あろうことかベッドに突っ伏して眠る、ナキ先輩がいた




「ま、まじで先輩が、オレ様の家にいるんですけどぉ…!え、え、本気で泊まったんですか?泊まったんですかぁ?」

ニーッ

ミーッ

「って、いてぇよぉクロ!引っ掻くな、シロも大人しくしてろ!別に何もしやしませんからっ」




昨夜、動物病院まで先輩が持ってきてくれた着替え。その袋に今は制服を入れ、机の上に放り投げた

男の家で遠慮なく寝てる先輩。オレ様を信用してるのか自分を襲う馬鹿はいないと卑下してるのか…おそらく後者だろう




「…ナキせんぱぁい…これ、雑賀先輩にバレたらオレ様、ド頭ぶち抜かれちまうんですけどぉ?」

『………………』

「そしたら責任取って…今度こそラブレター、受け取ってくれます?」




よたよたとした足取りでシロが先輩に近寄る。そして少し崩れたスカートの上に座れば、その隣にクロも乗っかった

ずるいぞお前らぁ、オレ様だって先輩の膝枕とか…




「…膝枕とか、」

『………………』

「……他にもいろいろ、先輩とやりたいこと、いっぱいあるんですけどねぇ」

『………………』

「ズルいですねぇヒドいですねぇほんと、先輩ってば、オレ様を何だと思ってるんですかぁ…」





どこか、じゃなくて 、きっと






「全部好きなんですよぉ…」




その全部が大好きです

















「い、いいですか先輩!オレ様んちに泊まったこと!雑賀先輩には内緒ですからねぇっ!!」

『安心してください後藤くん。貴方の名誉のためにも口外はしません』

「い、いや、むしろ何もしなかったオレ様を褒めて欲しいですけど…」

『雑賀さんにはクロとシロも交えてにゃんにゃんしていたと説明します』

「ダメですそれっ!!絶対に駄目ですからねぇっ!?めちゃくちゃ悪い方向に勘違いされ−…」

「ほう、私が何と勘違いするかじっくり説明してもらおうか後藤又兵衛」

「!?!?!?!」

『おはようございます雑賀さん』





20150708.


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