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真っ黒な夢を見た
…正確には、多分夢なんだと“思う”。こんな意識のはっきりした夢も、こんな真っ黒な…静かな夢も見たことない
『もっと明るい夢見ろよ私…病むわコレ』
真っ黒な世界を歩いてみるが、何の障害物にも当たらない夢の世界。もう覚めてしまえ、起きたら朝食の準備なんだから
ブツブツと独り言を呟いていたら、ふと視界の隅で何かが動いた。瞬間、私の思考はすべて止まる
『に、いさん…?』
「………」
現れたのは死んだはずの兄さん。夢の世界に浮かぶ彼を見て、やっぱり夢なんだと実感する
『死人が夢に出るとか…よろしくないんじゃないっけ?』
「勝手に殺すでないわ」
『うわっ!!?しゃ、喋った』
「…我は疲れておったか。かような娘が夢に出るとは」
『…………』
あれ…様子がおかしい。兄さんは元就さんや大谷さんみたいに自分のこと“我”とか言わなかった。そんな古びた着物も来ていない
そして何より…こんなにでかくなかった。肩に乗れるよね、私
まさか…
『豊臣…秀吉さんとか、言いますか?』
「いかにも」
『えぇ−…』
『…でも変な夢ですねー』
「うむ」
立ち話もなんだから、と私たちは座って談笑を進めていた
私の夢に出てきた豊臣秀吉さんは、自分も夢を見ていると言った。なんでも友達と遊んで家帰ってすぐ寝ちゃったらしい
起きたら奥さんに叱られちゃうってさ。そりゃそうだ
『私も寝過ごしたら元就さんに叱られちゃいますよ。あの人、朝一番に起きるから』
「ほう…夫か?」
『同居人というか母というか姑というか…手刀打ちが日課になりつつある人です』
「ははっ、雪子も苦労しているようだ」
『あはは』
なんだかんだ意気投合した私たち。秀吉さんの顔も、声も、仕草もすべて兄さんに似ているからだろうか
…いや、単なるご都合主義か。私の夢の中だもの
『秀吉さんこそ奥さんに心配かけちゃダメですよ。友達と遊んで帰ってきて…ご飯も食べず寝ちゃうとか、いくつですか』
「…いや、ねねは何も言わぬ故…」
『うわ!ねねさん優しい!甘やかしちゃって…』
「………」
あ、秀吉さん落ち込んだ
悪いとは思ってるらしい。でも結婚しても遊びに行く友達がいて、自分の帰りを待ってくれる人がいて…幸せなんだろうな
『…ちゃんと早く帰ってあげてくださいね。あと無茶しないでください』
「…肝に命じておく」
『心配なんですよ、待ってる方は…怪我してないか、とか…事故に…あっ、て…ない…っ』
「…雪子?」
…独りで喋って泣き出して、言葉を詰まらせて情けない奴
だって秀吉さんが…兄さんが夢に出てくるから悪いんだ。行ってくるって言って…帰ってこなかったじゃない
『っ…!!ご、め…なさいっ…!』
「…………」
『私、兄さんいて…雨の日、夜…帰ってこなくて…』
「…死んだのか」
『待ってても…戻ってきて、くれないんです…』
戦が常な時代で…家族の帰りを待つ女性は、気が気でないはず。別れを言う間もないのだから
待ち人の所へ帰ってあげてください。私の世の貴方は…それができなかった
『…三成も、悲しみます』
「三成?」
『あ…まだ、三成とは会ってないんですね。秀吉さんを尊敬してやまない真っ直ぐな人です』
「…お前の待ち人か?」
『そう…ですね。私も早く帰らなきゃ、みんな心配します』
兄さんが死んでから、はじめ一週間は眠れなかった
夢には必ず兄さんが出てきて、私は会うのが怖くて顔を見る前に目を覚ましていたから
…二週間たてば兄さんは出てこなくなった。けど、こうやって夢で正面向いて会えたのは彼らのおかげだと思う
『秀吉さん、起きたらねねさんに謝ってくださいよ』
「ああ。お前も元就という男よりも先に起きねばならぬぞ」
『善処します!あと…あの…秀吉さん…』
「?」
『…最後は、兄さんって呼んで…いいですか…?』
「…ふっ、かまわない」
『っ−…!!』
夢の世界の黒が彼と私を覆っていく。ああ…目が覚めるのか
『また会おうね、兄さんっ』
「ああ、ではな雪子」
最後に頭を撫でてくれた秀吉さんの手は、兄さんよりずっと大きかったけれど
温かく触れた感触は昔と変わらない…なんて不思議な夢なのだろうか
mae tugi