隣に居るのにそっぽ向く


アナタにはボクから、最大級のウソを贈りましょう






『おいこら刑部さん!また書斎を独占してたなコノヤロー』

「ヒヒッ、われが何処に居ようと勝手よ。佐吉には伝えておる故」

『そうじゃなく時間!夜更かしは体に悪いでしょ!体調崩してからじゃ遅いんですから!』

「…………」

『それに隠らなくたって居間で読めばいいです、私も皆もいますし』

「…まぁ、そこまで言うのならば仕方あるま…」

『何より貴方が独占してたら、可愛い松寿くんが書斎でゆっくり本読めないじゃないっすか!』

「それが一番の理由か」

『当然っす』

「…………」




相も変わらず子供至上主義

今のぬしならば嫁の貰い手がないぞと言うてもこの女、端から知ってますよと笑い飛ばすだけであった







「…ぎょうぶ、何かあったか?」

「っ……ヒヒ、いつもと変わらぬわれであるが?」

「すこぶる機嫌が悪い」

「…………」



佐吉がそう言うのであれば、そうやもしれぬ

今日ばかりは見てくれるなと顔を背けるが、回り込んで確認してくる佐吉、いや、困った

佐吉がそこまで気にするほど酷い表情をしているのか…原因はあの女であるがしかし




「ぬしが気にやむことではない、ほれ、何かして遊ぶか」

「…………」

「…疑った顔をしてくれるな」

「だが…」

『あ、佐吉くん!…と刑部さんっ』

「む……」

「ナキ!」



…間の悪い女め

佐吉とついでにわれを呼んだナキが此方に駆けてくる。傍らには弥三郎…何か用か?



『部長がさ、アイス屋の割引券くれたの。けっこう安くなるんだよね』

「本当は部長さんがお姉ちゃんを誘ったんだけど、券だけ奪ってきたんだって」

『それは言わなくていいよ弥三郎くん。佐吉くんと刑部さん、一緒に行きませんか?』

「俺や梵たちは前に行ったから。佐吉たちで行ってきなよ」

「ふむ……」



あいす、とはあの妙に冷たい甘味か。嫌いではない上、佐吉もあれは好んで食べる

チラリと横を見ればコチラを見上げる佐吉と目が合う



「ヒッ、では佐吉。共に行くか」

「私は行かない」

「……は?」

『へ?佐吉くん、アイス嫌だ?』

「…それは欲しいがぎょうぶとは行かない」

「っ!!!!?」

『う、うーわー…』

「な、何故よ佐吉、われとあいすを食すのが嫌…か?」

「とにかく行かない」

「・・・・・」

『こ…これが噂の…!』





子育てで直面する、反抗期…!








「佐吉…さっきのは吉継が可哀想だよ?」

「ん?」



目に見えて落ち込んだ吉継は、結局お姉ちゃんと二人で出掛けて行った

今回は流石のお姉ちゃんも物凄く心配してた。対する佐吉は俺の問いにもきょとんとしてて



「何がだ?」

「い、いや、吉継を拒否してたじゃないか。なんであんなこと言ったの?」

「ん…拒否はしていない、だが、今日はぎょうぶをナキにやる」

「へ?」

「そして、ナキをぎょうぶにやる。いつも私が共にいるから、今日は二人きりだ」



そう言いきった佐吉は何事もなかったかのように部屋へ戻っていった

呆然と立つ俺は、松寿に邪魔だと蹴られるまで動けなくて…お姉ちゃんが吉継と出掛けたことを知った佐助にも蹴られたのは、少し後の話








『あ、あはー、まぁ反抗期なんて誰にでもきますって。本心じゃないですって』

「……佐吉は素直な子ゆえ、嘘はつけぬ」

『うーわ…大丈夫ですよ、そのうち元の佐吉くんに戻ります』

「そのうち?それは随分先か…」

『…今の刑部さん、めんどくさい』

「聞こえておるぞ」

『聞こえるように言いました』

「・・・・・」



じとっと私を睨む刑部さんだけど、喧嘩する気力さえ無いらしい

恐ろしいな佐吉くんパワー…お風呂一緒に入らない宣言を娘にされたパパみたいだ



『ほらほら、アイスお土産にしたら佐吉くんも喜びますって』

「…………」

『っ……はぁ、むしろ頃合いじゃないですか?佐吉くん離れするの』

「っ―……」

『佐吉くん、しっかりした子ですから。そりゃいろいろ抜けたとこもあるけど…』




今までは何から何まで刑部さんがやってあげていた。佐吉くんが甘えていたわけではないだろう

どちらかといえば刑部さんが佐吉くんを構い倒していた印象



『前に言ってましたよね、佐吉くんには他にも居る…て。でも自分には佐吉くんしか居ないって』

「…われに好んで寄る者は居らぬ。ぬしも気づいているであろ?」

『…………』

「ヒヒッ!直にここだけではない、何処もかしこも醜きわれになろう」



ここ、と言って刑部さんは自分の足を杖で軽く叩いた

初めは怪我だと思っていた彼の足…そう、これは、病気だったんだ




『…………』

「まぁ全身に回るが先か、こちらの世を去るが先か。とにかくわれは―…」

『私は気にしないんですけどね…』

「む?」

『詳しくないので醜いって言われても分からないけど、触ったり一緒にいたりとか。普通にしちゃいますけどね』

「…口先ではどうとも言えよう。だが病が移ると知れば誰しも普通では居れまい」

『んー、じゃあその時は覚悟します』

「覚悟?」

『病気が移るって覚悟して、その上で一緒に居ると思いますよ』

「っ―……!」

『佐吉くんだけじゃないと思いますけどね…刑部さんにも、きっと他だって…あ』



話の途中、ふと視界の隅で男の人が財布を落とした

ちょっと距離はあるけど気付いてないし…仕方ない、と私は刑部さんを振り向いて



『少し待っててください、すぐ戻りますっ』

「う、む…」

『勝手に動いて迷子にならないでくださいよ』

「ぬしも知らぬ男について行くでな…嗚呼、すまぬ、ぬしを誘う物好きなど居らぬか」

『ぎょ・う・ぶ・さ・ん』

「ヒヒヒッ!」



クツリと笑って嫌味を言った彼は、少しだけいつもの調子に戻っていた







『すみませーん!財布落ちましたよ』

「ん?て、おぉぉっ!!?危ないっ給料日にやらかすところだった!」

『給料日に財布を…なかなか王道を走りますね』

「すまんな、ありがとう!いや、王道と呼ばれる不運ならあらかた…ん?」

『へ?』

「お、お前…ナキか?」

『……あ、はい』



近くで見るとかなり大柄な男に落とした財布を渡す。長い前髪で顔はよく見えない

そして何故か名前を呼ばれた。あれ、知り合い?じっと見上げると顔をそらされる



『…………』

「ひ、久しぶりだな!昔より美人になっちまって、えっ、と…」

『…どちら様ですか?』

「っ!!?く、黒田だ!高校で同じクラスだったろ?」

『同い年っ!!?』

「そこに驚くのかっ!!?」



いや、だってクラスメートとか雑賀さんと風魔くん以外、みんな同じに見えるし

黒田くんとか居たっけ…うーんと記憶を掘り返すが、ダメだ、黒歴史はほとんど抹消しちゃってる



「ぐっ…昔はあれほどアピールしてたのに…!」

『ん?』

「な、何でもない!そうだ、財布の礼をしたいんだが…!」

『え?いいですよ別に、気にしないでください』

「同級生と分かっても敬語かっ!?いや、だが、その…じ、時間がある時でいいから食事でも…」

『食事?私が?』

「お前さん以外に居ないだろ!あ、そういえばナキ…今、彼氏とかは―…!」

「失せぬか」

「ぐぉっ!!?」

『あ……』



早口で黒田くんが話してる途中、私の横から長い棒が伸びて彼の頭をゴツンと叩く

うわ、今の音は絶対に痛い。そして振り向けばしかめっ面な犯人が杖を定位置に戻しているところだ



『刑部さん!』

「…物好きが居ったわ。何処の目で見ればナキを見初めるのか理解できぬ」

『え、それは彼を貶してるんですか?それとも私に喧嘩売ってるんですか?』

「な、何だお前さん!いきなり凶器で殴るんじゃないっ!!」

「硬い頭の男よなぁ…誘うならば他の女にせよ。行くぞナキ」

『へ?あ、の…?』

「誰を誘おうが小生の勝手だろう!それともお前さん、ナキの彼氏か何かかっ!?」

「…………」



ちょっと急かして腕を引かれたが、黒田くんの言葉に刑部さんはピタリと止まった

そんな彼を見上げて言葉を待つ。少しして―…




「……ヒヒッ、」

『っ…………』

「言うならば夫婦、よなぁ。ほれ、急がねば佐吉が待ちくたびれよう」

「夫婦っ!?し、しかもそれ、息子の名前か…!?」

『え、あ、はい…?』

「照れずともよかろう行くぞナキ」

『はい…じゃないや、うん、帰ろっかダーリン』

「ヒヒッ」



じゃあねと黒田くんに手を振ったけど、彼は唖然とコチラを見つめているだけだった







『…何言っちゃってくれたんですか』

「む?」

『誰と誰が夫婦ですかコノヤロー』



しっかり皆のアイスを持ち帰りながら、一緒に家までの道を歩く

少し前のことを問いただすが、やはり彼は笑うだけでハッキリ答えてくれない



「妙な男から救ってやったのよ、責められる理由などないわ」

『そりゃ助かりはしましたけど…他にもあったでしょうに』

「…そうよな、ちと口を滑らせた」

『ん?何て言いました?』

「ヒヒヒッ!ぬしがわれの妻など、人生最大の大嘘よ」

『むっか…そうですねー!私を嫁さんになんて物好きですねー!』

「血迷ったとしか思えぬわ。そのような強者が居ればどれほどの覚悟か問いただしてみたい」

『ぎょ・う・ぶ・さ・ん』

「ヒヒヒッ!」





嘘は、得意なのだから





20131012.
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