女王と姫は相容れない


『…ってわけで、出社が必要なバイトは堅物男子が。家でできる仕事は他の皆がやってね』

「ああ」

『もちろん金になるんだから大切に!ちびっこは簡単なことしかしちゃダメだよ』

「こころえた!」

『君らが稼ぐのはズバリ食費!やりくりして残った分は、皆で分けてお小遣いにしてください』



以上、質問ある?

そう問えば皆が一緒に首を横に振った。今回の目的はこれだったから

大所帯の食費は解決!みんな器用だし、そこそこの稼ぎにはなるだろう、だけど―…




『…協調性の無さナンバーワンは書斎に隠ってるのかな?』

「しょうじゅどのは、書をよむと言ってたでござる」

『はぁ…やっぱりか』




あの日、会社を訪問して以来…文系少年は今まで以上に引きこもり始めた








『もう、思春期ってあんなですっけ反抗期の方がマシじゃないですか私の子育てが悪いんですか?』

「ナキ、落ち着かぬか。深呼吸よ」

『すぅー…はぁぁぁー…!松寿くんが分かりません…』



机に突っ伏した私の前に座る刑部さん。隣の佐吉くんがよしよしと頭に手を伸ばしてくれる

ごめんね、君でも今の私を癒しきれないんだ



『はぁ…まずはどうするべきなんですかね』

「ぬしがさほど気にやむ必要はなかろう。松寿ももう元服の近い年よ」

『でも今のままじゃダメですよ?悪いことは悪いと教えてあげるべきか、どうしてあんなことをしたか聞くべきか…』



会社で出会った蘭丸くん。初対面な彼に松寿くんは顔面ケーキをお見舞いした

互いに言葉を交わらせる前に、だ。仲が悪くなる暇なんてない




「松寿も事の善し悪しの判別はつけられよう」

『悪いと思ってやってるなら尚更質が悪くないっすか?』

「ヒヒヒッ!もともと松寿のキモチをぬしが知ろうなど無理な話よ」

『は…?』

「ナキは全て与えられ生きてきた…われも、佐吉もよ。だが松寿は違う」



やつは与えられたものを全て奪われておるわ、と言って引き笑いをする刑部さん

その顔をじっと見つめる…奪われて…前に松寿くんが、いつか話すと言ってたことか



「ここに居る者皆が理解できぬこと故、松寿自身の問題よなぁ」

『それじゃあ、私じゃ、無理なんですか…?』

「さぁ…ぬしは特別かもしれぬ。だが先に“奴”がきっかけを作るであろう」

『奴?』

「ヒヒヒッ!嗚呼、松寿とまさに対極。全てを与えられた子よ」



目を細めて笑う刑部さんに、思いついた子はただ一人

大切に育てられたあの子は…誰よりも弱虫で優しい子なんだろう








「しょ、松寿…お姉ちゃんが困ってるよ?」

「…………」

「蘭丸に謝ったのもお姉ちゃんだし。一回話した方がいいと思う、俺」

「…………」

「あ…ぅ…!」



必死に話しかける弥三郎。それに視線すら向けず、松寿丸はひたすらに本を読み進めていた

二人しか居ない書斎。松寿丸の説得は弥三郎で三人目。竹千代と弁丸は泣きながら部屋を飛び出していた



「せめてお姉ちゃんには話してよ…松寿のこと、心配してるし」

「知らぬ」

「っ―…な、何でだよ!松寿はお姉ちゃんを困らせたいのっ!?」

「…………」

「いてっ!!?」



持っていた本を閉じたかと思えば、ベシリと弥三郎の額目掛けて叩きつけた!

赤くなる額に手を添え震えるが、それさえ知らぬと松寿丸は次の本へ手を伸ばす。そしてまた黙々と読み進めるだけ




「ぅ…お、俺が嫌いなのは知ってるけどさ!酷すぎるよ松寿!」

「黙れ姫若子。貴様の声すら煩わしい」

「〜〜っ!!!!」

「いちいち泣くのも面倒よ。貴様、本当に長曾我部の跡取りか?」

「そ、んなの…俺がききたいよ!」

「…………」

「俺…戦に出るとか嫌だもん」




姫若子、とバカにされる自分だけれど実はそれでいいのかもしれない

長男として生まれた限りは家督を継ぐ。男として生まれたからには戦に出る。そんな恐ろしいこと、自分にはできない




「…………」

「バカにされるのは悔しいけど…だからって他の人を傷つける戦で活躍したって、それがカッコイイとは思えないよ」

「……から…」

「へ?」

「だから我は貴様が気にくわぬっ!!」

「うわぁっ!!?」



急に立ち上がったかと思えば、座ったままな弥三郎の肩を蹴り飛ばした松寿丸!

そのまま後ろへと倒れ何をすると見上げれば…深く眉間にシワを寄せ、自分を睨む瞳と視線がぶつかった



「な…に……」

「家を継ぐべき立場に生まれ、自国を持ち、それを支える家臣がいながら…戦は怖いと逃げるか腑抜けめが!」

「っ―…しょ、松寿は怖くないのっ!?死ぬんだよ!戦で人は!」

「そこで死すならそれまでよ。我は負けぬ、負けぬ戦をするために知恵をつける」

「ち、え…?」

「戦わずして勝利する策を見つければよい、必ずや勝ち取る!」

「…………」

「奪い返してみせようぞ…貴様と我は違う、貴様のような腑抜けではない!」



ギロリと自分を見下ろす目を見れば分かる。ああ、松寿丸は自分を軽蔑してるんだな、と

自分は何もせずとも城主になれるし、守ってくれる人たちがいる。帰る場所があって待つ人がいて

けど松寿丸は―…




「松寿…城は…」

「貴様に言われずともよい!あのような愚か者など我の家臣ではない!」

「………」

「必ず…我が国を動かす主となる。その時は貴様の国も我のものとしてやるわ」

「え―…だ、ダメだよ!俺の所には戦えない人も、弱い人もたくさんいるんだ!戦なんかできないっ」

「失ったとなれば、それは全て貴様の弱さ故よ」

「〜〜っ!!!!じゃあ、俺は皆を松寿から守ってみせる!」

「っ―……」



倒れていた体を起こし今度は弥三郎が松寿丸を睨む

自分よりも高い位置から見下ろされ、ほんの少しだけ後ろに退く松寿丸


真っ青な右目がグッと鋭さを出した



「戦は嫌だよ、嫌だけど…!奪われるのはもっと嫌だ!」

「貴様が我を倒せるとは思えぬが?」

「つ…強くなってみせる!情けない俺でも、皆を守れる武将になってやる!」

「…人など国があってこそよ。我は国を守る、毛利を奪われてなるものか」

「…………」

「…………」



互いに互いを睨んで言う。片や国に住む人を守り、片や人の住む国を守る

いつか鬼ヶ島が大きくなったなら、瀬戸海の対岸で睨み合うことになるのだろうか



「…我と対等になるよう精進することだな」

「松寿こそ、早く…自分ちを取り戻せるといいね」

「貴様に言われずとも分かっておるわ!我の城は我が治める…何人たりとも奪わせぬ」

「そっか…あはは、松寿もそうやって独占欲もつんだね」

「っ―……」

「何にも関心なんか持たないように思ってたからさ。それでいいと思うけどね!」

「欲…?」

「うん、自分のものを他の人に渡したくないって独占欲でしょ?」

「………」

「…松寿?」



ぼーっと考える松寿の目の前で、弥三郎が手をひらつかせる。しかし反応はない

独占欲…という単語がぐるぐると頭の中を回っていた。先日からモヤモヤと自分を占めていたのはこれか




「…気にくわなかった」

「へ?」

「蘭丸という者が気にくわなかった」



突然現れた蘭丸はナキに飛び付いた

それをすんなりと受け入れるナキ。それが気にくわなくて、蘭丸をナキから離したくて…ナキにこっちを向いて欲しくて



「だが…すぐ奴の方に視線を戻した」

「松寿?えっと、何の話してるの…かな?」

「…………」



普段、自分にするように頭を撫でていた。だからもう一度こっちを振り向かせようとしたのだ

すると今度は自分だけを見てくれて、二人きりで家まで帰って―…




「…………」

「っ…お、お姉ちゃぁあぁぁんっ!!!松寿が止まったぁぁあぁぁっ!!!」

『松寿くんっ!!?』



弥三郎が叫んだ瞬間、自分の名を呼びナキが部屋に飛び込んでくる

心配そうな表情で自分を見つめるから…嬉しくなった、そうか



「我は…」

『動いたっ!?だ、大丈夫?』

「…………」




頭を撫でるこの手を独占したかった









『おはよー…』

「…………」

『って、うわっ!!?なんだ、松寿くんか…おはよ』

「……うむ」



朝起きて居間まで出てきたら、松寿くんが扉の側で突っ立っててビビった

短い返事だけくれたからいつもの松寿くんだ、うん、よかった!



『さてと、のんびり朝食でも作りますか』

「…………」

『…………』

「…………」

『…何故、ついてくるのかな松寿くん』



いや、いつもと違った

私が動くたびに後ろをちょこちょこついてくる松寿くん。刑部さんについて回る佐吉くんのノリだ

いや、佐吉くんよりでかいけどね!つかどうしたの松寿くん!



『いや、可愛いんですけどね、悪い気はしないんですけどね』



…手伝ってくれないなら大人しく待ってて欲しいなぁなんて

まぁいいや。邪魔しないならもう好きにしてください



『あ、そうだ。松寿くんも内職とか手伝ってね?器用そうだし』

「姫若子や宗兵衛よりも我の方が要領よく動ける」

『うんうん、頼りにしてるよ松寿くん』

「…………」




ちょっと低い位置にある頭を撫でてあげたら、うっすらとだけ彼が笑んだ気がした






20130526.
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