EP.93
一年間という時間を、私がどこで何をしていたのか。

マッシュが尋ねるから記憶を遡ってあの日から一年間の事を話した。

ただ一箇所だけ…自分の世界に戻ったという真実は伏せて―――。




涙と想いに暮れたあの日。
気が付いた瞬間、自分を襲ってきたのは強烈な寒さだった。

「ッ・・・・・!?」

目を開けて体を起こせば、そこは一面雪に覆われていた。
辺りを見回し自分の後ろを振り返ると、そこには氷漬けになった幻獣の姿があった。

「・・・・・どういう事…まさか…」

信じられず手を伸ばすと、それは本物の氷だった。それなのにまだ現実が信じられなくて、雪の中に両手を埋めてみた。

ジンジンと痛む手の平。
寒さ、風の吹く音、静寂さ。
全部が夢ではなく現実だった。

雪の上に落ちていた魔石を拾い上げ、それをぎゅっと握り締める。
本当に、本当に自分はこっちの世界に戻ってきた。
帰ってこれたんだ。

嬉しさが胸を覆い、溢れる涙。
その涙を拭いナルシェの町に行くと、そこはモンスターばかりが彷徨う場所に変貌していた。逃げ込むように武器屋に入ろうとしたけど鍵が掛かっていたし、町の中で人と会う事は一度もなかった。

唯一、以前と同じだったのは街の入り口にある初心者の館だけ。
私はどうして町がこんな風になったのか、人々はどうなったのか、そして世界はどんな風になってしまったのかを矢継ぎ早に尋ねていた。

そして…それを聞いた瞬間、私はフィールドへと飛び出していった。

「・・・・うそ。こんな…」

大地は乾き、緑は枯れ果て、荒む風が荒野に砂埃を舞い上げる。
これが同じ世界だなんて信じる事が出来なかった。
それくらい景色は変わってしまっていた。

「ラムウが言ってた通りだ…」

三闘神の力が、魔導がこの世界に及ぼす影響。
力としてそれを用いれば星は死に、命は途絶えると話していたのを思い出す。

緑が溢れ、綺麗な世界だったのに、きっとケフカがこんな風にしてしまったんだ。


現実を目のあたりにした後、初心者の家に戻った自分は、説明を聞いてからアイテムを少し分けて貰い、それからナルシェを後にした。
今この世界では、どこがどんな風になっているか誰にも分からないと言っていた。
だから自分で確かめてみない事にはどうにもらなかったから。

海沿いを歩いて一週間。
またナルシェまで戻ってきてしまった。
他の大陸に繋がっていないということは、ここは孤島。
海を渡る以外、外に出る方法は無いんだと知った。

今度は大陸の内側を見てみようと歩いていくと、山の麓に小さな家があるのを発見した。誰か居るかもしれないと、僅かな希望を胸に抱いて訪ねた家。
すると、そこには思ってもいなかった人との再会が待っていた。

「お師匠……様っ…!!!」
「お前さんは……あの時の…」

マッシュにとって特別な存在だった、ダンカン師匠の姿があった。
この事実を今すぐ彼に教えられたらいいのに。ここにお師匠さまがいるよって、生きているって教えてあげたくて堪らなかった。

「マッシュに会わせてあげたいッ…。ずっとマッシュは……!」
「心配せずとも大丈夫じゃ。きっといつか会える!」
「…はい……ッ」

この地で出会った事がきっかけで、私はお師匠様と一緒に暮らすようになった。色々と世界を回った師匠は、どの大地も同じようになってしまったと教えてくれる。

土地は痩せ、草木が芽吹かない。それでも山には生きていくだけの食べ物があるから、ここで修行していると話してくれた。

話を聞き終えた後、私はこの世界にもう一度戻ってこれたことや、お師匠様に会えたこと、そして何よりも気持ちを据えた今の自分だからこそ、やりたい事があった。

「お願いがあります。私に戦い方を教えてください」
「何故そんな事を?痛みや苦しみを受けずとも良いのではないか?」
「自分自身を守る力が欲しいんです。せめて邪魔にならないように…」

守られてばかり、くっついていくばかり。
だったらせめて自分の身だけは守れるようになりたい。
だって、この世界で生きていくと覚悟して戻ってきたんだから。

必死になって頭を下げて何度もお願いすると、お師匠様は折れるような形で了承してくれると、私にこんな提案をしてくれた。

「ならば護身術を教えよう。急所を覚え強くなれば、相手を気絶させることも出来る」
「はい!よろしくお願いします!」

その日から自分は出来ることは何でもやった。
掃除だって洗濯だって、食事や食材の調達も自分でやって、本を読んで勉強しながら、お師匠様に毎日護身術を習った。

来る日も、来る日も、頑張って過ごしていたある日、山の中で見つけた綺麗な青い花に目を奪われた。
懐かしい記憶に押されて、私はその花を一輪だけ摘んで走って帰ってきた。

「お師匠様!!見て!!」
「どうしたんじゃ?」
「この花!昔の家で活けてあったやつと同じですよね?」
「おお…懐かしい。そうだ、知っとるか?この花はマッシュが好んでいたもでな」
「マッシュが?」
「意外と繊細じゃろう??」
「あははは!!そうですね!」

それから、あの家にあったお茶や食器もマッシュの好みだって知ったときは何だか嬉しかった。色々なところで、彼の思い出に触れることが出来る。それだけで嬉しくなれる自分がいた。

戻ってこれて本当に良かった。
今はまだ会えないけど、それでもきっといつか逢えるはずだって信じてたんだ。

日々がどんどん過ぎていく中で、お師匠様が時々咳をしている事に気がついた。お世話になっているお礼に何かしてあげられる事は無いかと思って、ナルシェの町に行って色々調べてみるけど、万能薬はこの場所では手に入らないと知るだけで終わった。

家に帰る途中、ふと思うのは皆のように魔法が使えたらいいのにっていう事。

もし使えたら減っている体力を回復させられるのに・・・。
魔石を握り締めながらそんな事を考えていると、手の平に温かい風が巻き起こり、すぐに消えてしまった。

「え・・・・・」

あの光と温かさ。
マッシュが私の傷を癒してくれた時と凄く似ていた。

信じられない気持ちを抱きながらも、急いで家に帰ってお師匠様の体に手をかざす。治してあげたい気持ちを強く持って、頭に浮かんだ言葉を口にすれば、本当に魔法が発動していた。

「で、きた……使えた…っ使えた!!」

きっと肌に離さず魔石を持って、鍛錬していたお陰かもしれない。
皆と違って物凄く時間は掛かったけど、それでも初めて出来るようになった魔法。
それが嬉しくて嬉しくて堪らなかった日もあった。

だけど。

世界が崩壊してから数ヶ月以上が経ち、枯れ落ちる木々の葉を見ると、少しだけ気持ちが落ち込んだ。そんな時、お師匠様はよく昔の話をしてくれた。
あの町は昔こうだったとか、マッシュがどうだったとか。
…そして時々バルガスさんの話も。

その時のお師匠様は楽しそうに話してくれるけど、一人になった時、その横顔が陰ることがある。大して知りもしない私が言うのは違うのかもしれないけど、話そうって思った事があった。

「バルガスさんは……私を助けてくれたんです」

山小屋でお師匠様たちと一緒にいた数日間。バルガスさんが家を出て行った後、彼の姿を見つけた私は雨の中1人で森の中に追いかけて行った。
そのとき、モンスターに襲われた私を助けてくれた事を今やっと話せた。もし本当にバルガスさんが私を疎ましく思ってるなら、見捨てるはずなのに、反対に助けてくれたって。

「彼は自分は独りだって言ってました…。そんな事ないのに…皆…バルガスさんの事を思っていたのに…」

去っていこうとする彼を止められなくて悔しかった。
それを言えず黙っていた事が、あの日からずっと胸の中にあったんだ。

「ごめんなさい…。自分がもっとちゃんとしていれば…」
「よさんか…。もう過ぎた事だ。誰のせいでもない」
「だけど、お師匠様だってマッシュだってこんなの望んでなかった筈です…ッ」
「…分かっておる」
「それにマッシュは、本当は戦いたくなかったのに戦ってた…!戦って自分がバルガスさんを倒したことを気にして1人で泣いていたッ!」
「……そうじゃったのか」
「もしあの時、私が止められてたら誰も悲しまなくて済んだかもしれない…!」

自分の存在にそこまでの力が無いのは分かっていた。でもほんの僅かでも可能性があったかもしれないって考えてしまう。だけど全部が遅すぎて、今更何も変えられない。だとしても後悔が終わることはなかったんだ。

「すまんのう。ワシが生んでしまった歪にお前さんやマッシュを巻き込んでしまって」
「違います…私は自分が許せなかったから。だからお師匠様にもマッシュにもずっと謝りたかった!」

零れる涙を隠しもしないで相手と向き合い心を曝け出せば、お師匠様も私に本心を話してくれた。

「たとえどんな思いがバルガスにあったとしても、親子としてではなく師弟としての戦いをしたんじゃ」

そしてその結果、自分はガルバスに負け、バルガスはマッシュに負けたと。

「各々が自らの力を出し切り、ぶつかった結果ならば、それで十分……」

言葉と裏腹に悲しそうな顔をするお師匠様。
泣きたくても泣けないからなのか、それとも違う悲しみなのか分からないけど、辛いのは苦しいから考えを変えてみたいと思った。

「バルガスさんは…強い人ですよね」
「そうじゃな…ワシよりもな」
「じゃあ、お師匠様より強かったら…お師匠様に生きて会えたんだから、バルガスさんにも会えるかもしれない…」
「・・・・・・・・・」
「私は…そう思いたいです。彼は私を助けてくれたから…お師匠様が生きてるなら、きっとマッシュもバルガスさんも皆…!」
「・・・・・・」
「だから…そんな悲しい顔しないでください。いつか会えるってお師匠様が言ってくれたから私は」
「そうじゃの。そうじゃ……きっと会える。会える筈じゃマッシュにもバルガスにも」

ありがとうと言って私の頭を撫でる手は、あの時のように優しくて。
悲しい世界で一人ではない事をこんなに心強いと思える今を嬉しく思えた。


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