もうすぐおっしょうさまに会える。
そう考えると、凄く嬉しい気持ちでいっぱいになる。
10年という長い間、一緒に苦楽を共にした師を失った悲しみは本当に大きかった。それでも俺には前に進むための理由や、修行で得た力の使い道があったからこそ前を向けたんだ。
コルツ山で兄貴と再会して、仲間と一緒に過ごしてきた間に、本当に色々な事が起こった。そして今は世界がこんな風に変わっちまった。失ったものの方が多いなかで、まさかおっしょうさまにもう一度会える日が来るなんて夢にも思わなかったからこそ、俺はこんなに嬉しくて堪らない。
そびえる山を目印に進んでいくと、麓の辺りに一箇所だけ開けた場所があるのに気付く。木々が辺りを囲んでいるその中心には、一軒の家がポツンと建っているのが見えた。
嬉しさで走る速度が勝手に上がって、息を切らしながら辿り着いた家の前。
俺は一呼吸置いたあと、緊張した面持ちでドアを数回ノックした。
すると、人が歩いてくる気配がして、開いた扉の向こうに俺の師が立っていた。
本当に…本当に生きていた―――。
もう二度と会えないって思ってた人が目の前に居たんだ。
「おっしょうさま!!!」
俺の大きな声と再会にびっくりしたのか、目を見開き驚いた表情をしている。でも、すぐにいつもの優しい顔に戻って、俺を見ながら突然笑いはじめるんだ。
「ファファファ!どうしたそんな顔をして!このわしが、死んだとでも思っていたのか!」
バルガスが出て行って、お師匠が戻らなかったあの日…俺はすぐに山に上り三日も探し続けたんだ。けど見つからなくて兄弟子だったバルガスと対峙し、真実を問い質す俺の言葉を相手は否定しなかった。
本当に、もう会えないって……そう思っていたんだ。
「おっしょうさま…よくぞご無事で……」
こみ上げる気持ちを必死に抑えようと、目を瞑り俯く。そんな俺を見た師匠は周りをグルグルと回りながら、柄にもない俺の反応を楽しむかのように、声を掛けてくる。
「おやおや?マッシュ、もしかして…泣いておるのか??」
嬉しさと安堵が混じった涙が溢れてきて、落ちた雫が地面に音もなく吸い込まれ消えていく。そんな俺を見たお師匠様は、いきなり屋根の上へと飛び上がり、でっかい声で俺に言うんだ。
「たとえ、裂けた大地に、はさまれようとも、わしの力でこじあける!」
その言葉を聞いて、似たような事を自分も言ったなって思うと、俺は師匠の弟子なんだってつくづく思った。腕組をしながら俺を見るその目は、さっきとは違い強く厳しい眼差しへと変わっていく。
「マッシュ!!おまえに究極の技をさずけよう!この技でケフカをぶっ飛ばして来い!いくぞッ!!」
気合を纏ったその声に自分が感化されていく。涙を腕で拭い、俺は修行時代のように師匠に向かって全力でぶつかっていった。
重なり合う拳が力で跳ね返り、互いの体が後ろへ吹き飛ぶ。
屋根の上へ飛び乗り、連打で叩き込まれる強烈な拳を腕で防ぎ、今度は反対に自分から相手に拳を打ち込んでいった。
お師匠様が語る言葉に耳を傾け、そしてまた俺と師匠は拳をぶつけ合う。何度も何度も殴り合い、相手の攻撃を防ぎ、今度は反対に力を込めて拳を突き出した。
互いの動きが速度を増し、風を切るような素早い攻撃と防御に変わっていく。そして、一際高く空へと飛び上がったとき、ぶつけ合った力が自分の体の内側に響くようにして伝わってきたのが分かった。
屋根の上に落下した体をどうにか持ち直し、態勢を整え地上へと降り立つ。家の前まで戻ってくると、師匠は俺に奥義の名前を語った。
「名づけて……“夢幻闘舞”じゃ!!!」
手合わせで得た感覚と、教えられた名をしっかりと刻み込むように、俺は手の平をぐっと強く握り締める。この新たな力で困難に向かっていこうと、気持ちを新たにする事ができたんだ。
そのあと、久しぶりの本気の戦いに疲れ果てた俺と師匠は、息を吐きながらその場にへたり込んでいた。やっぱり師匠の強さはとてつもなくて、またこうして修行をつけてもらえた事が何よりも嬉しかった。
「強くなったのう……マッシュよ」
「おっしょうさまも変わりなく強いままだ」
「フォフォフォ!まだまだ負けられん!!」
疲れと痛みでクタクタだったけど、相手の笑い声につられて自分も一緒になって笑っていた。あの日から今まで辛い事ばっかりだったけど、ようやく色々な事が変わり始めてきていた。
「そうじゃ、マッシュよ」
「何です?おっしょうさま」
「飯は食うか?」
「勿論!!そのつもりだったから」
「そうか、それは良かった。楽しみにしておれよ」
師匠は凄く嬉しそうに話をすると、今度は家の横にある畑に向かって歩き出していく。だから俺も手伝いをしようと遅ればせに立ち上がった。
今日のご飯を期待しながら後についていくと、師匠は何故か家の裏手にそびえる山に向かって手を上げていた。何かあったのかと思って話しかけようとした俺だったけど、突然……自分の足が大地に縫い合わされたようにピタリと止まった---。
まさか、そんな…。
今を疑うような言葉ばかりが、頭の中を何度も何度も巡ってくる。
だって……。
聞こえてきた声があまりに突然すぎて、信じられなかったからだ。
師匠の背中で隠れて見えない相手の姿。
それを、記憶の中で必死に再生させようとしている自分がいる。
でも、本当はすぐそこにいる本物の相手が見たくて堪らないんだ。
会話を終えた師匠が、その場から離れると段々と見えてくる姿。
そして。
俺の目に映ったその相手は、夢でも幻でもなく…本当に本物の彼女だった。
「………………………ユカ……」
相手を見た瞬間、世界の全てが止まった。
重なる視線が外せなくて、相手の存在がまるで遥か遠くにあるような気がする。
けど、本当にユカがいた。
間違える訳はない。
だって、ずっとずっと一年間探し続けていた相手なんだから。
ようやくの思いで会えた筈なのに、俺の足が動いてくれない。
声を掛けたいって思うのに、何故か言葉が出来ないんだ。
そんな俺を見てユカは笑っていた。
笑ってるのに苦しそうな顔になって、俯いてからまた顔を上げて笑うけど、さっきよりもっと切なそうにする。
あんなに会いたかった相手に、頭が真っ白で掛ける言葉も見つけられない。焦がれて焦がれ過ぎたからこそ、何も出来ないんだと呆れるほど馬鹿な自分がいた。
停止した脳の変わりに、理解した心が惹かれるように動き出し、足が無意識に距離を縮め始める。俺はユカの目の前まで駆け寄ると、ぶつからないように止まろうとした。
その筈だったのに――――。
「…マッ…シュ…っ!!マッシュ!!!」
俺の胸の中にユカが飛び込んできた。
俺の名前を何度も呼びながら泣いていた。
「会いたかった…マッシュ…ッ!ずっと、ずっと会いたかった…!!」
泣き声が、呼ぶ声が全部俺だけに向いていた。涙を流がす彼女が俺の背中に腕を回すから、押し留めていた筈の硬い枷が簡単に外れてしまう。
「ッ…ユカ……!」
込み上げる気持ちがいっぱいになって、俺はユカの体を包み込むようにして、ぎゅっと抱き締めた。
溢れるような想いと、出会えた喜び。
折れてしまいそうな彼女の体を潰してしまわないように、込める力を抑えようと必死になる。好きな人に会えただけでこんなに嬉しいんだって気付いて、それと同じくらい胸が痛い。
痛くて苦しくて、でも嬉しくて。
自分の胸の中で泣き続けるユカが好きで好きで堪らなくなる。
このままずっと抱き締めていても構わないって思うくらいに…。
ユカの頭を撫でながら大丈夫かと声を掛ければ、相手は小さく頷きながら泣いていた。
どうしてユカは、こんなに泣いてくれるんだろう。
なんでこんなに俺に会いたかったって言ってくれるんだろう、って思う。
浮かぶ疑問を聞いたところで、どうしようもないのは分かってる。
だけど今は…今だけは、俺の胸の中に閉じ込めておくんだ。
泣き止むまでずっとこのまま。
離れようとするまでは離さない。
離したくないんだ。
それでも時間が経つにつれてユカの涙は段々と収まってくる。
俺の背中に回されていた腕が離れていくのが分かって、俺は反対に力を込めていた。
「もう……大丈夫。ごめんね……」
胸の中にいるユカが涙を拭きながら、少し恥ずかしそうに顔を上げてこっちを見る。笑ってるのにまだ泣いていたから、抱きしめ合う今を引き伸ばしたくて俺は聞いてしまった。
「どうして、そんなに泣くんだ?」
「会いたかったから……」
「何で……会いたいんだ?」
「だって……だっ…て…ッ!」
言葉と一緒に目尻に溜まった涙が一気に流れ出し、ユカがまた泣いた。
理由は分からなくても、こんなに泣いてくれるならそれで十分なのに、それでも知りたいと思う俺は本当にどうかしてるのかもしれない。
泣いてる相手を泣かせてしまったから、すまんと一言謝った。するとユカも俺から離れると鼻を啜りながら首を横に振る。
「私も……ごめん……」
「別にユカが謝る事ないだろ」
「そうじゃなくて・・・服…」
「服??」
下を向いて自分の胸元を見れば、冷たいと思うほど涙で濡れていた。着替えた方がいいって言うから目の前で脱いだら、いきなりユカが怒鳴りだしてくる。
「やめてよ!!!何でここで脱ぐの!?」
「着替えろって言ったろ」
「ここでなんて言ってない!」
「いや、今言ったって」
「知らない!!虫に刺されちゃえばいい!」
「あ…!おいッ!!」
涙の引いてない顔で怒りながら、俺を一人残してユカは家の中へ戻っていく。困惑しながらも、彼女と交わすやり取りが嬉しくて、俺も続くように家へと向かった。
「服を着てから入って!」
「普通逆だろ」
ドアの隙間から服を持った手だけを出して、俺に酷い仕打ちをしてくるユカ。
だったら仕返しに驚かせてやろうと思って、服じゃなくて相手の腕を掴みながらドアと一緒に思いっきり引っ張ってやった。
「どーだ!俺の勝ちだ!」
勢いよく出てきた彼女を笑いながら体で受け止めたけど、何故か反応がない。気になって相手を見れば、恥ずかしそうにしながら顔を真っ赤にしていた。
「・・・どうした?」
「ッ………!!」
腕を振り払い思いっきりドアを閉めて居なくなったユカ。俺の悪ふざけのせいだとしても、今みたいな反応されたら、こっちはどうすりゃいいんだよ。
「……俺の馬鹿ヤロー…」
頭を石レンガの壁にゴンとぶつけて反省したあと、こっそり家に入るとユカは飯の支度をしながら、俺を見るなりこう言ってきた。
「直してもらいますから」
「・・・・・・何を?」
「上!」
と、言われて上を見れば天井には穴が開いていた。
「お師匠様もですからね」
「何の事だかのう…」
「前にも言った筈ですよ。屋根の上で修行はしないって」
「.........」
「自分で壊したんだから直さないとダメ!」
「「はい」」
ユカの喝で師匠と外へ出て行き、屋根の上に飛び乗り修繕を始める。まさかこんな事になるなんて思ってなくて、かなづちを持ちながらぼーっとしていた。
「どうだ、マッシュ。意外に怖いだろう?女性というのは」
「俺はともかく何でおっしょうさままで」
「…色々あってのう」
「・・・・・・・・」
何だか昔の謙虚だったユカと師匠の立場が逆転してる気がする。
だけど、師匠はすごく楽しそうに笑っていた。
「長く一緒に居たせいか、今では娘みたいな存在に思えてきてな」
「・・・ユカが娘?」
「いい子だよ、本当に」
ユカを娘のように思っていると話す師匠の言葉を聞いて、俺は自分がした事を言わなきゃならないって思ったんだ。
ちゃんと自分の口から伝えなきゃいけないって、強く感じた。
「おっしょうさま……俺は…っ」
「良いのだマッシュ。お前は何も言わんでいい」
「だけどッ!!」
喋ろうとする言葉を止める様に、師匠は俺の肩に手を乗せながら、優しい表情を湛えてみせる。
「ワシが生きていたんだ。だからきっと同じように何処かでバルガスも生きてるだろう」
「・・・・・・・・・・」
「ユカがそう言っていた。間違いないと思わんか?」
師匠も、師匠の奥さんも、それからユカも。
誰も俺のした事を責めなかった。
どんな状況であれ、俺はバルガスと戦い、そして……。
「息子が2人。娘が1人。妻もいるワシは幸せものだよ。ファファファ!」
いつもの笑い声が響いて、師匠の言葉が俺の心に響いてくる。
俺の事を、息子を奪った俺を…息子だと言ってくれるから。
「………ッ…ありがとう…っございます」
頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でてくる師匠の手。
溢れてくる気持ちが涙になって落ちていった。
「泣き虫ばかりいるのう、この家は」
喋っている師匠まで鼻を啜るから、本当に泣き虫ばかりの家になる。
沈む夕日に照らされて直す家の屋根だけに、にわか雨が通り過ぎていったんだ---。
屋根の上で涙を流しながら、自分たちが開けた穴を師匠と一緒に直していく。煙突から上ってきた匂いに急かされつつ、どうにか作業を終えて家の中に戻ると、ユカが笑顔で出迎えてくれた。
「お疲れ様、マッシュ」
「おう!ユカもな」
「お師匠様も疲れ様でした」
「なぁに、簡単だったわい」
そう言いながら、椅子に座る時に腰を触る仕草を俺は見てしまう。
やっぱり師匠といえど、時間の流れには叶わないようだ。年齢を感じさせる姿を見て、一年っていういう歳月の長さを感じる。
だから尚更ユカが変わったなって思うんだろうか。
服もそうだけど髪型とか、あとはやっぱり雰囲気が違う。
前よりもしっかりした感じがするし、落ち着いてるというか強くなったというか。
そして何より綺麗になったと本当に思った―――。
「はい、ご飯。口に合うといいんだけど…」
差し出されたお皿の上には、見たことのない料理が乗せられていた。
よく見ると一番上の黄色いのは卵を薄く焼いたやつみたいだ。
中身が気になってめくろうとしたら、もの凄い勢いで怒られる俺。
「ちょっと!ダメだってば!!!!見ないで!!」
「なんでそんな」
「普通に食べてよ!」
言われるがままスプーンで掬い一口食べれは、初めての味だったけど凄く美味しくて、料理の感想を無意識に言うほどだった。
「・・・・・うまい」
「ほんと??」
「ほんとに、うまい」
やったーと喜びながら他の料理も運んでくるユカ。
どれもこれも以前と比べものにならないくらい美味しくてビックリしたから、師匠にもその話を振ろうとするけど、俺の料理と明らかに違うところがあるのに気付く。
「…師匠…。そのマークって…」
「なんじゃ?ハートのことか?」
「いや、だってそれ」
動揺と困惑を隠せなかった俺は、準備を終えて椅子に座ったユカに、すかさず問いただしていた。
「なぁ、何でおっしょうさまにこんなマークついてんだ??」
「だって特別だもん」
「いや、だってよ…おっしょうさまだぞ?」
「だからだよ。変かな?」
「・・・べつに」
俺のはユカのと同じで、トマトのソースが上にかかってるだけ。
なのに師匠のは、わざわざソースでハート型にしてある。
差別と言うか格差と言うか、複雑な心境だった。
とはいえ、心は狭くてもご飯を食べる量が減るわけじゃない。
俺たちは飯を食いながら3人で楽しく食事を続けた。
そして、ユカが今までどうしていたのかを聞くことにしたんだ---。