EP.94
俯かずに前を見て、会えると信じて毎日を生きていく。
そうやっていつものように山に上って食料を取りに行った日の事だった。

突然、山の麓の方から大きな音が響いてきた。しかもそれが、お師匠様と住んでいた家の方角だったから、何かあったのかもしれないと全速力で山を降りていった。

もしもお師匠様の身に何かあったらどうしよう。
絶対にマッシュとお師匠様を会わせたいと思っていたから本当に怖かった。

必死に走ってようやく見えてきた家の前で、お師匠様がこっちに向かって手を振っているのが見えた。無事な事に安心したけど、それでも不安が募り続けていた。

「何があったんです!?っ…え…ど、どうして怪我をしているんですか!?」
「気にせんでいい。それより籠はワシが預かろう」
「いえ大丈夫です!!私が!」

目の前に居たお師匠様が、いきなり私の持っていた籠を無理矢理取り上げ、自分の前から去っていく。訳が分からず困惑していたせいで、お師匠様の姿ばかりを目で追っていた。

だから、前を見ていなくて、その意味すら理解してなかったんだ。

居ないと思っている意識のせいで、確かに居る筈のその人の姿を瞳がきちんと捉えてくれない。だけど心は確かに反応していた。

現実から遠ざかるばかりだった私の名前を呼ぶ声。その声が聞えた瞬間、嬉しさや喜び、切なさと悲しみが一気に押し寄せてきて、その場所から動くことができなかった。

彼の姿が目に映ると、自分の表情が変化していくのに気付いて、慌てて笑顔を繕った。

笑っていたい。
笑顔で再会しようって考えてた。
また会えたねって喜び合う雰囲気で言おうって決めてた。

だから笑うのに……笑ってる筈なのに堪え切れなくなっていく。
俯いて気持ちを切り替えて、また笑おうとするのに出来なかったんだ。

焦がれた気持ちが自分の足を無理やり動かしていく。
一歩一歩と進んで、段々その足が速くなって、いつの間にか走り出していた。

やっと会えたんだ。
あんなに1人で泣いて、会いたいって何度も願って望んだ人に逢えた。

嬉しい筈なのに、胸を襲う痛みが苦しくて、込み上げる想いが溢れ出していく。
止められない気持ちが行動に現れて誰の目も気にせず、相手の事も考えずにその胸の中に飛び込んでいった。

ずっと、ずっと会いたかった。
それを強く望んで一年間を生きてきたから――。

「ッ……マッ…シュ…っ!!マッシュ!!!」

想う人の名前を何度も呼んで、会いたかったと幾度も伝えた。
涙がとめどなく流れ、彼の胸の中に消えていく。
マッシュの背中に自分の腕を回して抱きつけば、悲しかった気持ちが嬉しさで満たされていく気がした。

そして、自分を包むように抱き締めてくれる彼の腕に幸せを感じた。

強がっていた心が解けていき、今まで溜め込んでいた会いたいという願いが、涙と一緒に流れ続けてく。
時間が経つにつれて段々と自分の気持ちが落ち着いてくのが分かって、それでもこうしていたいと思うほど彼が好きで。ダメだって自分に言い聞かせ、彼から離れようとするのに、マッシュの腕がそれを拒む様に強く抱き締めるから心が酷く痛んで辛い。

自分の気のせいだって思いながら、誤魔化すように笑って相手を見るのに、彼の眼差しは真剣だった。

「・・・どうして、そんなに泣くんだ?」

そんな事を聞いてくるから“会いたかった”と答えるしかなくて。

「何で……会いたいんだ?」

会いたい理由を貴方に伝えたら、一体どうなるのかな…って思う。

もしそれで、今まで築き上げてきた関係が一瞬にして壊れたらどうすればいい?
言いたくても言えるだけの勇気がなくて、伝えたいけど伝えられない。
はぐらかす言葉と一緒に溢れるのは、本心ではなく涙ばかりだった。

また泣いてしまった私に彼が謝る。謝られた事を否定して彼から離れると、自分がしてしまった事に対して今度はこっちが謝った。

彼の服が自分の涙で濡れていて、こんなに泣いてたんだと思ったら何だか恥ずかしく思えてくる。だから服を着替えた方がいいって提案したら、いきなり目の前で着ていた服を脱ぎ出すから怒るしかなかった。

「やめてよ!!!何でここで脱ぐの!?」
「着替えろって言ったろ」
「ここでなんて言ってない!」
「いや、今言ったって」
「知らない!!虫に刺されちゃえばいい!」
「あ…!おいッ!!」

いつものやり取りが始まり、それを理由に逃れる自分。
目に溜まっていた涙を拭きながら家の中に戻って着替えの服を用意する。
だって相手は上半身裸だから、見るのが恥かしくてドア越しに手だけを出して服を渡すことにしたんだ。

するといきなり手首を掴まれ、同時に握っていたドアノブが一気に引っ張られる。あまりの事態に反応が出来ずに、私はそのまま外へと連れ出されてしまった。

「どーだ!俺の勝ちだろ」

訳の分からない勝利宣言が聞こえた瞬間、自分はまた相手の胸の中に居た。
さっきまで泣きながらこの胸に縋り、太い腕に抱き締められてたんだって考えたら、物凄く恥ずかしくなった。

しかも服を着ていないから肌に直接触れているんだって気がついた。その瞬間、頬が一気に熱くなり誤魔化す言葉すら浮かばなくて、無言でマッシュから離れて家の中に逃げ込んでしまった。

あんな態度を取った方が後で気まずくなるだけだって、今更後悔しても遅くて。
溜息をつくように天井を見上げたら、そこには何故か穴が開いていた。

まさかと思ってお師匠様を見れば、そ知らぬ顔でお茶を飲んでいたから間違いないと思った。屋根の修理を二人に言い渡し、料理の準備をしていると天井から聞こえて来た声が自分の耳にまで届いてきた。

そして2人が語る言葉を聞いて、自分の頬を涙が伝っていく。
あの日の出来事を悔やむマッシュを受け入れてくれた事や、お師匠様が自分達の事を子どものように思ってくれていたと知ったから。

腕で涙を拭いた後、頑張ってご飯を作り始める。
食べてくれた人に美味しいって言ってもらいたいから、頑張って毎日作ってきたんだ。失敗してお師匠様に迷惑を掛けたりもしたけど、今日は絶対に失敗したくない。

味見をして焦がさないように火を見て、それから綺麗に盛り付けたご飯。屋根を直して帰ってきた2人を出迎えて、椅子についた後に緊張した面持ちでそれを差し出した。

「はい、ご飯。口に合うといいんだけど…」

見たこともない料理に不信感を抱いてるのか、マッシュはいきなり薄く焼いた卵をめくろうとする。だから必死になってそれを止めて普通に食べてもらうと、彼はうまいと言ってくれた。

飛び跳ねそうになるくらい嬉しかったけど、声だけでどうにか気持ちを抑えこむ。それから他の料理も持ってきて3人で一緒に食べようとしたら、いきなりマッシュが文句を言い出した。

「なぁ、何でおっしょうさまにこんなマークついてんだよ」

まさかそこを突っ込んでくるとは思わなかった。
彼は料理の見た目をあんまり気にしないと思っていたから。

「だって特別だもん」
「いや、だってよ…おっしょうさまだぞ?」
「だからだよ。変かな?」
「・・・・・べつに」

何だか妙に突っかかってくる相手だったけど、本当はお師匠様だけが特別じゃない。ただ、ちょっと見えない所に隠しただけの話で、ちゃんとマッシュにだって付けたんだ。

バレそうになってさっき怒った理由は、卵の下に見えないように大きく描いたハートマーク。それを今、彼は気付きもしないでちゃんと食べてくれているんだ。

1人で勝手に喜んで、楽しい食事が続いていく夜。
1人より2人、2人より3人。
本当に…本当に美味しいご飯だった---。


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