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鷹狩が別段好きなわけではないが、流行のものを知っておいて損はない。
かの織田信長や徳川家康も鷹狩を好んだそうだ。話を合わせるには何事も学ばなければならない。それに、自らの領地の視察もできる。鷹狩はそこそこに、むしろこちらに気を置いた。
その鷹狩の帰りでのことだ。
途中、喉が渇いた私はとある寺に寄った。そこで茶を一杯もらおうと思ったのだ。
言いつけて寺の縁側に腰を下ろす。日が差してますます渇きを覚えた。
その寺で奉公していたらしい少年は大きめの茶碗を私のもとへ持ってきた。すぐさまそれを一気に飲み干す。

飲み終えて一息つき、少年をまじまじと見た。その顔にどこか見覚えがあった。
半兵衛の時もそうだったが、私は私がどこに転生したのか改めて思い知った。
ここは、前世で好きだったゲームの一つ、戦国BASARAの世界なのだろう。
銀髪に特徴的な前髪、何者も寄せ付けないような鋭い目。彼はのちに石田三成となる男だ。


「もう一杯茶をくれ」


「はっ」


この少年と話がしたかった。
あわよくば、今すぐに城へと連れ帰ってきちんと彼の道を示してやらなければ、と思った。前世で見た彼の生き様は、あまりにも痛々しかったから。

そんな思いから茶をもう一杯頼めば、今度は先ほどの茶碗の半分にやや熱めの茶を入れてやってきた。


「なぁお前、名前は?」


「佐吉と申します」


「そうか、佐吉か」


一杯目の茶を思い出す。私はあれを受け取ってすぐに飲み干した。熱い茶なら冷まさなければ飲めないのだが、佐吉の入れた茶は初めから飲みやすい温さだった。
受け取った二杯目を飲み干し、もう一杯、と頼む。


「佐吉、お前は何を考えてこの茶を出している?」


三杯目の茶は、これまでより小ぶりの茶碗に熱い茶が注がれていた。

佐吉を見れば、私の発言をどう解釈したのか、顔をこわばらせてしまっている。


「悪い、別に不満があるわけではないんだ」


ただ、ただ気になっただけなんだ。私のつまらない話に付き合うと思ってくれ、と告げればようやく佐吉は口を開いた。


「出過ぎた真似を、いたしました」


「何が」


それっきり、佐吉は黙った。
読めない男だ、と思った。私の求めるものを与えてくれる男ではないのか。それとも、野心家か。気遣いから温い茶を出したのか、それともそれを口にした私が口直しとして熱い茶を求めることを狙っていたのか。
前者なら疑う余地もなく私の望むものを与えてくれる男になるだろう。後者なら、それはそれで面白い。


「佐吉。次に私がもう一度茶を求めたら、今度はお前は何を差し出す?」


「熱い、…いえ」


佐吉は再び黙った。


「ふむ、…なあ佐吉。私のところに来ないか?」


「…は…?」


佐吉は、わけがわからない、といった様子で私を見上げてくる。
私は連れてきた家臣に、佐吉を私の城に連れて帰ることを寺の責任者に言うよう伝えた。


「私の…そうだな、小姓にでもなるか?」


「私…が?」


「ああ、そうだ。佐吉は今から私の小姓だ」


呆然としている佐吉を、半ば拉致するかのように城へと連れて帰った。
佐吉が元いた寺も承諾してくれたことだし、荷物も家臣に任せたのだから何も問題はないはずだ、と思ったが帰って早々に私は半兵衛に咎められる羽目となった。


「あまりにも急だね、秀吉」


「まあそう言うな。いい子だぞ佐吉は」


私は佐吉との出会いを半兵衛に伝えた。


「なるほど、確かに気遣いができるようだ」


私がすぐさま喉を潤せるよう持ってきた一杯目。二杯目はきちんとした茶らしく熱く。三杯目はさらに熱く、味わえるように。
私はその一杯目で喉を潤し、二杯目で佐吉をうかがった。三杯目は冷めて飲みやすくなるまで佐吉と話をした。
もし、佐吉も私と話すことを望んでいたら、と思った。出されることのなかった四杯目の茶は、きっと飲みにくいものだ。熱くて量が多いならば冷めるまで時間がかかる。それまでの間、私は佐吉の茶に拘束されることとなる。

それを告げれば、半兵衛は笑った。


「僕の策略家としての地位が奪われるかもしれないね」


「どうかな。佐吉は本能でそうしていたようにも思う」


誰かが部屋の前に立つ気配があった。やがて障子に、伏せる影が映った。


「秀吉様」


「佐吉か、入れ」


佐吉には、紫の着物を与えた。それを見せに来てくれたらしい。


「似合うな」


私は良いと思った。しかし半兵衛は少し不服なようだ。
ああ、なるほど。白銀の髪に紫の衣。私はよほどこの組み合わせが好きらしい。


「僕と色までそっくりだ」


「中身は違うだろう」


佐吉は私たちのやり取りを知らず、首をかしげる。
私の知っている三成より幼いそれは庇護欲を一層駆り立てる。


「おいで、佐吉」


手招きすれば、一度はためらったものの素直に従った。


「いい子だ」


髪をなでれば、彼は顔を赤くしてうつむいた。
しまった、と思ったのは彼がまだ幼いとはいえ、この時代ではもうそろそろ元服の時期であったことを思い出したからだ。もう子供ではないのに子供扱いをしてしまった。


「佐吉君が困っているよ、秀吉」


「そうだな。悪かった佐吉」


「いえ、そんな…!」


ばっ、と顔を上げた佐吉の表情はすでに石田三成そのものだった。疑いの表情よりも、私への申し訳なさが前面に表れている。


「佐吉」


「はい、秀吉様」


「お前はまだ元服前だろう?」


「はい」


「なら、今はまだ私に甘えてくれ。子供らしく素直になってくれ」


その発言に、戸惑いを見せたのは半兵衛もだった。
小姓を我が子か兄弟のようにかわいがりすぎだ、と言いたいのであろう。もっともだ。
だが、このままではいけない。忠義というものは大事だが、心酔してはいけない。主の命が絶対なのではなく、自らが正しいと思えることこそが絶対なのだ。自らの意見を持ってほしいがゆえの行動だ。


「佐吉は真面目すぎる。肩の力を抜け」


再び髪を撫でれば、佐吉は小さく頷いた。


「これから、よろしくな。佐吉」







小姓ができた
(かわいい弟分だ)







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