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物心ついた頃、私は自分の前世というものを思い出した。
私の前世は、未来だった。
前世が未来というのは少しおかしいかもしれないが、とにかく気が付いたらタイムスリップのようなものをしていたらしく生まれ落ちた先は戦国の世だった。
前世は、平成という現代の世で一般家庭に生まれ、成人し、平凡なOLとして毎日を過ごし、たまに趣味を満喫し、普通で幸せな生活を送っていた。
前世の記憶がすでに大人のものだったからか子供ながらにして私のやることなすこと大人のようで、まだ幼い私は子供らしからぬ童と噂され、村中から異様なものを見る目で見られた。
ある程度大きくなると耐え切れずに村を飛び出し、様々な仕事をした。
このころ、名を日吉丸から藤吉郎へと改めた。
男の名なのは、そのほうが都合がよいからだ。
むろん、姿も男である。女にしては体格がほどほどに良く、胸があまり育たなかったので男装は楽だ。…そもそも前世でも学生時代は何度か男に間違われたものだ。
私の幼名は、日吉丸。女でありながらなぜ男の名なのかとも思ったが、上には姉しかおらず二人目も女だと知り焦ったからだそうだ。弟もいるので一応安泰ではあるが、おかげで私はますます居場所が減ったわけだ。
ちなみに、父の姓は木下。今の私は木下藤吉郎と名乗っている。
男として生きる理由はひとつ。
なぜならここは戦国の世だから、だ。
前世が先の世、というのはなかなかに面白い。
しかも私は私の未来をほんのわずかに知っている。
幼名が日吉丸、次に名乗る名前が木下藤吉郎。次に名乗る名前はきっと羽柴秀吉だろう。
そう、私はあの豊臣秀吉に生まれ変わったのだ。
本当に私が太閤となるのかは知らないが、ならぬならならぬでまた面白い、とも思っていた。
そう、思っていたのだが。
気が付けば知人の紹介で織田の小者となり、年の割には有り余る知識と農民の出による体力があってか、仕事をうまくこなしていたらしい私は異例の出世をした。
気が付けば一国一城の主である。
親友もでき、部下も増えた。
しかし私は戦が好きではない。力など、人を傷つけるだけの力などいらない。国を、民を守るための力がほしいのだ。
「秀吉」
「…半兵衛か」
星を眺めながら物思いにふけっていたから、親友の一人である竹中半兵衛が近くに来ていたことにも気が付かなかった。
心を許した彼だから気が付かなかったのか、もしそうでなかったら私は今頃暗殺されているな、と苦笑した。
「秀吉、なにか考え事かい?」
「少し、な。…半兵衛、お前は前世や来世を信じるか?」
それを聞いて半兵衛はわずかに目を見開いた。
考え事をするときにわずかに首をかしげるその姿は、彼が男だとわかっていてもなぜだか女性的な儚さと美しさを持っているように見えた。
「僕は、信じたい、と思うよ」
「どういうことだ?」
彼は薄く笑った。月明かりに照らされて、半兵衛の白い素肌がますます白く闇に浮き上がっている。
「来世でも君と出会いたい」
来世でも私の親友として、忠実な家臣として、そばに寄り添いたいと言ってくれた。
前世にも友はいた。しかし、半兵衛ほどの親友はいなかったように思う。
「そうか」
ならば、その期待を裏切らない立派な君主であり続けよう。
「よき友に恵まれたな、私は」
ふと、半兵衛が目を伏せた。
何か気に障ることを言っただろうか、と思ったが心当たりがない。
「秀吉、君が望むなら僕はなんだってするよ」
「突然どうした」
今さっきの私の言葉に、とげとげしい表現はなかったはずだ。半兵衛を遠ざけるようなことは言っていないにも関わらず、なぜそんな悲しそうな瞳をするのか。
「なら、お前の望みはなんだ?」
「僕の望みは、君の望みさ。君が望むものを叶えることが僕の望みだ」
一歩、半兵衛が前に踏み出す。
女である私よりも華奢に見えるその体は、今にも消えてしまいそうに見えた。
「なら、私の望みはお前の望みだ。来世でも必ず私の友になってくれ」
もちろんだ。
そうほほ笑む彼に、思わず手を伸ばした。
抱きしめると、やはり彼は男だ。その肢体は私なんぞよりもずっとしっかりしていて強い。
消えてしまいそうなんて、私の妄想でしかなかった。
「…ひ、でよし…?どうしたんだい?」
「…、ああ、すまない」
あわてて身体を放そうとしたが、今度は私が半兵衛に引き寄せられた。
「半兵衛?」
「ふふ、男どころか女にすら興味のない秀吉がこんなことをするなんて」
「馬鹿者、私はただお前が―…」
「僕が、なんだい?」
半兵衛が消えてしまいそうだったから、と口に出したら現が夢となって本当に消えてしまいそうで。
答える代わりに彼の背中へ手を回し、力を込めた。
「細いな、半兵衛」
「秀吉こそ、…秀吉?」
「気が付いたか?」
私のほうこそ、華奢で少し女性的な肉付きをしている、と半兵衛は触れ合って初めて気が付いたのだろう。
半兵衛からゆっくり離れると、私は着物の襟元を大きく開いた。
巻かれたさらしを見て、半兵衛は眉にしわを寄せた。
「なるほど、ねねの想いを断り続けるわけだ」
察しの良い半兵衛にこれ以上は必要ないと考え、着物を正す。
「我が臣下で私の秘密を知る者はお前一人だ」
半兵衛はうなずいた。
それ以上は言わずとも、誰にも言うな、という真意に気が付き半兵衛は答えてくれる。
「それで?僕にそれを話したということは、僕にならばそのすべてをさらけ出してもいい、ということかな?」
「馬鹿者。何かあってからでは遅いから話しただけだ」
「そうか、残念」
僕は君となら色気づいてもいい、と目を伏せる半兵衛に思わず見とれてしまった。
「期待など、するなよ」
虚空につぶやいた言葉は半兵衛への拒絶だったのか、それとも自らへの戒めだったのか。
前世・現世・来世
(次でもお前と)
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