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真護とは相変わらず恋人ごっこをするただの幼馴染な関係を続けている。
家は隣同士ではあるが朝練がある彼ははやく学校に行ってしまうし、放課後も帰りが遅くなるから待っていなくてもいい、という彼に甘えて私はさっさと帰ってしまうのでそれがあの友人には不審に映ったらしい。
「本当に付き合ってるの?」
ドキリ、とした。
彼女曰く、客観的な意見ならば私と真護は恋人以上夫婦のような関係に見えているらしいが、彼女自身の主観ならば私たちの関係はこれまでと全く変わっていないらしい。
もう一か月は経つのに何も進展していないじゃない、となぜか私たち二人よりも彼女の方が焦っている。
「だから、ずっと一緒にいたからそういうのはゆっくりでいいかなって」
「本当に?金城君もそう思ってるの?」
「そう、二人で話し合った結果だから」
嘘は言っていない。
話し合った結果の恋人ごっこなのだから、苦しいが嘘ではない。
「でも、うかうかしてるとほかの子にとられるかもよ?」
「いや、真護はあんまり女の子に興味ないんじゃないかなー…」
仮に好きな人ができたとしてもそれはそれで仕方のないことだろう。そうなったら私たちの関係は終わるのだ。
真護の彼女、なんて考えたこともなかった。私が付き合うことはありえないだろうと考えていたし、かといって彼が私以外の特定の女子と仲良くしているのは見たことがなかった。
だいたいあの男と付き合いたいという女子の思考が理解できなかった。私のように嫉妬されるだろうし、自転車馬鹿な彼とは甘い時間を過ごすなんてほんの一時にすぎないだろうに。
もっと積極的になりなよ、なんて心配そうな顔で言われても積極的になる必要がそもそもない私にとってはどうすればいいか全くわからないのだが、とりあえず相談はした方がいいのかもしれない。
「真護」
昼休み、部室に向かう前の彼を呼び止める。たったそれだけで廊下がざわつくのには毎度毎度うんざりする、いい加減にしてほしい。
そんなことよりも、と本題を切りだろうとしたがそういえばここはまだ学校であり人目に付く。偽物の恋人契約の話なんてできるわけもなかったのに変に焦って先走り過ぎたな、と少し後悔した。
「えっと…」
自分から呼び止めておいてやっぱり何でもない、なんて言い出せず黙っていると何か察してくれたらしい真護が助け舟を出してくれた。
「今日、一緒に帰ろうか。待っていてくれ」
「うん」
早く部室に行きたいはずの真護をそれ以上拘束するわけにもいかず、約束だけをしてその場は別れた。
放課後まで残りの授業はとにかく視線が痛かった。
なんでこんなにモテるんだ、と真護を恨みながらもひたすら耐え抜き気が付けば放課後になっていた。
友人に今日は一緒に帰れないと断りを入れ(その際になぜか彼女はもの凄く喜んでいた)、暇な時間をどう過ごそうか考える。おそらくこのまま教室に居れば真護を好きな女子から何かしら言われるのは目に見えているので、せっかくなら彼氏サンが部活動に励む姿を見ようと自転車競技部の前に行ってみる。
もうすでに部活は始まっているようで部室の前には上級生一人しかいなかった。
「金城なら外回り行ってるぞー」
「え?」
部活動の邪魔にならないように見学をしようとしたらその上級生に声をかけられた。
「ん?金城の彼女ちゃんだろ?」
「は、はい」
噂は上級生にまで広がっていたのかと思うと途端に恥ずかしくなり顔が赤くなるのが自分でもわかった。
「おー、初々しいねぇ。アイツの言うとおり可愛い彼女ちゃんだな」
そんな甘酸っぱい初々しさが理由で赤面したわけでもなく、可愛いと言われたことは素直にうれしいがそれで照れたわけでもないが否定も出来ない。それよりも引っかかることがあった。
「アイツの言うとおり…?」
この部に真護以外に私を知っている人なんていただろうか。それにその口ぶりだとまるで真護が惚気ているみたいじゃないか。
聞き返せば上級生はにやりと笑った。
「アイツな、ここんとこタイム良くなってるんだぜ?彼女ちゃんのおかげだな」
違う、と喉まで出かかった否定を飲み込んだ。
タイムが良くなっているのは真護自身の頑張りがあってだろう。私は何もしていない。もし私のおかげというならば真護への告白が減ったことで練習に集中しやすくなったとかそんなところだろう。
私は何もしてませんよ、と返すと「謙虚だな」なんて言われてしまった。本当に、何か特別なことはしていないのだからこの結果は彼自身が頑張ったことなのだ。この先輩にそれを伝えることはできないが、せめて真護には言っておこうと決めた。
そうこうしているうちに部活動は終わったようだった。
「れん、帰ろうか」
「うん」
並んで歩くと、幼いころが思い出される。あのころは私の方が身長が高かったのに今やかなり差をつけて真護に見下ろされているのが少し悔しい。
「あ、そういえば自転車競技部の先輩から聞いたんだけど、最近調子いいんだって?タイム良くなってるって」
「ああ、そうかもしれないな」
真護は入部してすぐの新入生全員によるレースで一着だったと聞いた。上級生からも期待されていて、実際こうやって期待に応えているのだから凄い。
「部活してるの見てたけどかっこよかったよ」
「…そう、か…ありがとう…」
突然赤面した彼に思わず首をかしげた。
どうかしたのかと聞いても、なんでもないと口元を覆いそっぽを向いてしまう。
「なんで照れるの?」
「照れては…。いや、普通は照れる…だろう?」
疑問形に疑問形で返されても困る。今までこんなことがなかったのだからなおさら困惑してしまう。
眉をひそめた私を見て、真護は呆れたような諦めたような溜息を吐いた。
「一応、彼女から褒められたらこういう反応をすると思うが?」
何を言わせるんだとばかりに睨まれるがまだ少し赤い顔ではあまり怖くない。
それよりも普段見れない表情が面白くてついからかいたくなってしまった。
「そっか。そうだよね。私もさっき上級生に”可愛い彼女だ”って言われたときにちょっとうれしかったし」
「なに?誰に言われたんだ?」
「えーと、かんざきさん?って人。”金城の彼女だろ”って声かけてくれて…。そういえば部活の人に私と付き合ってるって言ったの?」
言うも何も学校中に広まっているだろ、と返されそれもそうかと納得した。
では、「アイツの言うとおり」とはなんだったのだろうかと思い聞くと真護は黙ってしまった。
「…真護?」
声をかけても反応がないので袖をくいくいと引っ張る。
「…そんなことより、何か話があったんじゃないか?」
ようやく反応したと思えば話をそらされてしまった。
この流れだと「アイツ」とは確実に真護のはずなのだが、なぜ隠す必要があるのか。というか何を話したのだろうか。
「え、なに?なんか変なこといったの?」
不安になり再度尋ねるがなにも言うつもりはないらしく黙ったままだ。
私は仕方なく本題に入った。
「私ね、友達に真護との仲を疑われてるらしいの」
「どうしてだ?普通に接しているだろう」
「それが悪いらしいの。付き合ってるのに恋人らしいことしてないんじゃない、って」
全ての恋人が四六時中イチャイチャしていると思ったら大間違いだ、と言えば済むことなのだがあのおせっかいな友人はそれを聞いたらあれこれ気をまわしてきそうなので困る。普段ならうれしいその好意も、今回は困ってしまう。私たちの秘密がばれるわけにはいかない。
「どうしよう」
どうしよう、と言ったところでキスをするわけにもいかないしデートと言う名の遊びの時間だって取れないというのにどうしたものかと思う。
「…したことにすればいいんじゃないか?」
「何を?」
「キス」
朴念仁のような彼からよもやそんなセリフが出てくるとは思わず、絶句した。彼は彼で照れているのかただ私の返事を待っているのか何も言わず、二人の間に気まずい沈黙が流れる。
互いに話を合わせればそういった”嘘の事実”を作ることは確かに可能ではある。
真護と、キス…。
これまた考えたことのない展開に頭が追い付いてこない。
ちらり、と彼を窺うと同じタイミングで向こうもこちらを向いたために視線がかち合う。
目の前にいるのは本当に金城真護なのか、と疑ってしまうほどにどこか纏う空気が別人に感じた。
気恥ずかしいのになぜか逸らせず、それは向こうも同じなようだった。今ここでどちらかが立ち止まったら、きっと。
おかしなことを考えている自分に気が付き、私の方から視線を逸らした。
「良いかもね、それ。このままだとますます疑われちゃうもん」
今日のこの場でキスしたことにすればいいし、何か聞かれたら恥ずかしいからと何も話さなければいい。これならボロが出ることはないだろう。
「しようか、キス」
したことにする、という意見に同意するつもりでそう言えば真護は困ったように笑った。
「お前はいつもそうやって男を誘惑してきたのか?」
「なに?ぶりっこだって言いたいの?」
ムッとして睨めば彼は肩を震わせた。
さっきからなんだというのだ。照れたり笑ったり忙しいな、と思ったがそれは私も同じだったかもしれない。
つられて私も笑ってしまう。
「ま、彼氏にはもっと積極的になるかもね」
「ほう、それは気になるな」
「馬鹿にする気でしょ?」
「さあ、どうだろうな?」
笑って私の頭を撫でるのはいつも通りの真護で、私はこの時に酷く安心したのを覚えてる。
ずっと一緒に居ようね。
小さい時から良く口にしていたフレーズを、今回だけは言いかけて、やめた。
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