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「ずっと好きだったんだ。付き合ってほしい」
放課後、隣りのクラスの男子に呼び止められた私は、その彼に告白をされた。
ずっと好きだった、と言われたが私は彼をよく知らない。かろうじて同じ中学出身だったことしか思い出せなかった。
断ろう。
そう思い口を開こうとすればそれを遮って目の前の彼は先に言葉を発した。
「深谷が金城と付き合ってるのは知ってる。だけど、金城は部活ばかりでお前ら全然恋人っぽくないし…本当にそれでいいのか?俺ならお前の望むことたくさんしてやるし、行きたいところに連れてってやる。だから…!」
「だから?」
だからなんだというのだ。人の愛し方、恋の仕方なんてそれぞれだろう。
私が真護と付き合っている様子が他人から見たら”つまらなさそう”だったのかもしれないが、だからってそれを好機ととらえさらにはその勝手な想像を私にまで強要した言い方はどうかと思う。
「申し訳ないけど、私には真護がいるから」
それ以上話すことはない、と判断してその場を立ち去る。
もし真護と付き合っていないときに告白されていたら付き合っていただろうか。いや、それはなかったように思う。正直、見た目や体格は好みのタイプではあった。少し、かっこいいな、と思ってしまったが、私がこれまで付き合っていた可愛い雰囲気の子とは真逆だった。つまり、ちょっとだけ真護に似ている。
あの男子が何でわざわざ私に恋人がいる時期に告白したのだろうか、と疑問に思っていたが合点がいった。私が年下とか童顔以外にも興味があると勘違いしたのだろう。友人は私が年下とばかり付き合うのは真護の気を引きたいようだった、と言っていたが私のパフォーマンスはしっかりと効果があったようで安心した。
今日も友人は先に帰した。
どうせ一人で帰るのだから寄り道しても迷惑にはならないので、自転車競技部を少しだけ見てから帰ることにした。
「れん?どうかしたのか?」
部室前に行くと、休憩中らしい真護に見つかった。
別に用はないのだけれど、と言おうとしたが恋人の頑張っている姿を見に来たというのは用になるのではないか。
「真護を見に来たんだよ」
それを聞いた彼は私から視線を外し、そうか、と呟いた。
「珍しいな、お前が見に来るなんて」
「んー…、実はさっきまた私たちの仲を怪しまれちゃって…話してたら遅くなっちゃったからそのついでみたいな?」
「結局ついでなのか。それにしても、またあの友達か?言ってないのか?その…この間のこと」
この間のこと、とは例のキスのことだろう。
確かに友人にはまだ言っていないが、彼女にとっては私たちが二人っきりで帰ったことに満足しているらしく特に詮索はされていない。
「その子じゃなくて…えーっと、隣りのクラスの男子に…」
「…誰だ?隣のクラスに仲の良い男子いたのか?」
「失礼な、それくらいいるよ」
高校に入ってからは同じ学校に通う友人は減ったが、人づきあいが苦手な方ではない。他のクラスにも何人かは仲の良い友人がいる。何人か、は。
「そうか。で、名前は?」
「え」
「仲、いいんだろう?名前は?」
「えー…と、」
そういえば結局彼の名前は思い出せないままだった。
真護はそんな私の様子に、疑うような視線を向けた。
「俺に言えない相手なのか?」
「そうじゃない、けど…」
タイミングよく休憩終わりの号令がかかり、話はそこで終わった。
「待っていてくれ。一緒に帰ろう」
真護はこの話をそのままにするつもりはないらしい。頷くと彼は練習へと戻っていった。
部活が終わるまで、私は気が気ではなかった。せっかく練習を見に来たのに、そんなものは頭に入らなかった。
あの男子の名誉のためにも告白されたことは黙っているつもりだったのだが、真護のあの様子では隠したところで疑って探ってくるだろう。諦めの悪いというかしつこいというか、そんな性格だからきっと彼から逃れることは出来ないだろう。
真護に言えないことではない、などと言わずにしっかり拒絶しておけば余計な詮索はされなかったのに、と後悔した。
それでもどうにか出来ないかと考えを巡らせていたが、良い方法など一つもでないまま部活が終わってしまった。
「お、お疲れ…」
声をかけると、真護はフッと笑った。
「お前の方が疲れているようだな、ぼんやりしていただろう」
「…み、見てたの?ちゃんと部活に集中しなきゃダメだよ」
「仕方ないだろう?好きな人がいれば誰だってつい目で追ってしまうさ」
優しい表情を私だけに向けてさらりとそんなことを言うものだから、私はまた不覚にも彼の今の発言に一瞬ドキッとしてしまった。
少々真護のパフォーマンスは度が過ぎるのではないか、と思う。周りに人がいるならまだしも、二人っきりの時は”恋人ごっこ”を無理に演じる必要はないというのに。
赤くなった私を見て、真護は吹き出した。肩を揺らす彼を小突いて、睨む。
「からかわないでよ、心臓に悪い…」
どうせ道路を走る車の音にかき消されて聞こえないだろうと思って呟いたのだが、直後に真護の手が私の手に触れてさらに心臓が跳ねた。
「まさか、俺にドキドキしているのか?」
驚いた一瞬の隙に指と指が絡められ、しっかりと手が繋がれてしまう。
「顔が真っ赤だぞ?」
余裕そうにニヤリと口角を上げる彼にからかわれてるのだとわかっているものの、羞恥心でますます顔が熱くなっていく。
「それで、さっきの話の続きだが」
混乱している私に追い打ちをかけるかのようなタイミングで、話を持ち出される。いや、実際追い打ちをかけているのだろう。
意地悪の仕返しとして手に爪を立ててやろうかなんて企んでいると、真護は真面目な顔で、告白でもされたんだろう? とさらりと言った。
図星を指され、思わず真護の手を強く握ってしまった。その動揺を肯定と受け取ったらしい彼は、やはりな、と呟いた。
「なんで…?」
「隣りのクラス…という事は村田だろう?アイツは前からお前を見ていたからな。噂はあったんだぞ」
前々からその村田くんとやらは私のことが好きらしいという噂があった、らしい。
私がその噂を聞いていなかったのか聞いたが忘れていたのかはわからないが、少なくとも記憶になかった。
「で、」
手をグッと引かれ、真護との距離が縮まる。もう少し強く引かれていたら彼の身体に倒れこんでしまっていただろう。呼吸や心臓の音が聞こえてしまいそうな、それほどまでに近い。
距離を取ろうにも、掴まれた手がそれを許さない。それどころか、彼の空いている方の手が私の頬を包み顔を上げさせられた。
視線がかち合う。
真護の目が、怖い。
「…お、怒ってる…?」
「怒ってはいない」
それにしては、嫌にギラついている。
不安になりながらも視線を外すことはできず、ただただ見詰め合っているとようやく真護は口を開いた。
「俺と、別れるのか?」
「…、え?」
首をかしげると彼も困ったような表情をした。
もしや、彼は勘違いをしているのではないか。
「私、告白断ったよ?」
大体、真護と付き合っている(と周りからは思われているのに)今のタイミングで新しい恋人に乗り換えでもしたら、ますます真護ファンの子たちから冷たい視線を受けることになるだろう。そうでなくても、村田くんには悪いが私は彼をほとんど知らない。まずは友達から、が妥当だろう。
それを聞いた真護は、途端に私と距離を取った。
「真護?」
顔を背けてしまって、表情を窺うことができない。
いったいなんだというのだ。怒っているならその理由を聞かせてほしい。
つないだ手は離されていなかったのでぐいぐいと引っ張って、こっちを向いて、とアピールする。しかし無視されてしまったのでもう一度呼びかけると、なんだ、と声だけが返ってきた。
「怒ってるの?」
彼が顔を背ける方に回り込もうとしても、つないだ手に邪魔をされて思うように動けない。
「怒ってはいない、といっただろう」
「じゃあなんで、…ぁ」
一瞬見えた彼の耳が真っ赤に染まっているのを見て、私も動揺してしまった。
なんで赤くなってるの、なんて普段なら茶化せただろう。しかし、私自身も頭に熱が上がってきているのが分かったからとてもじゃないがそんなこと、言えなかった。
それからは互いに何も言えずにいたのに、手だけは繋いだままだった。
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