簡単で残酷な




初めて出会ったのは、洒落た喫茶店だった。いつものように彼女、菜穂の我儘に振り回されていた俺は、引っ張られながらその喫茶店に入った。

「なんなんだよ、一体」
「勇人に紹介したいの!」

昔は可愛らしいと思っていたその笑顔も今では悪魔の微笑みに見えなくもない。

菜穂に引っ張られながら、案内された席に目を向けると、女の子が一人行儀良く座っていた。

「こちら、私の親友のさくら。で、こっちが私の彼、勇人」

俺に構わず、流れるように菜穂が彼女を紹介した。彼女はすっと席から立ち上がり、頭を軽くさげた。

「はじめまして。木戸 さくらです」

名前の通り、春のように暖かい雰囲気に合った声だった。自分の喉が、何かが詰まったように急に息苦しくなった。

「まぁ、まぁ。堅苦しい挨拶は抜きにしよ。勇人、座ろう」

挨拶し損ねた俺は、情けなく菜穂に促されて座った。

それから、怒涛のような菜穂のトークに彼女は嫌な顔せず、相槌をうっていた。時には「どうして?」と聞いて菜穂の気持ちをくみとったり、時には「おもしろい」と言って控えめではあるが、笑って菜穂の気持ちを駆り立てた。





「そろそろバイトがあるから」

そう言って彼女は申し訳ない、といった表情で席を立った。

「今日は来てくれてありがと!」
「こちらこそ、こんなにかっこいい彼氏を見れてよかった。菜穂、お幸せに」

そう言うと、俺にも微笑んでから頭を軽くさげ、店を後にした。

「いい子でしょ?」

得意気に言った。

「あぁ。菜穂の友達にあんな常識人がいたなんてしらなかったよ」
「失礼な!」

そう言って菜穂はじゃれる様にして俺の左腕を叩いた。

「もう。…私たちも出る?」

甘えた声に、擦り寄ってくる仕草。いつもだったら、脳が言うことをきかなくなるというのに、この時だけは冷静に機能していた。

「…ああ」

人の心の裏切りは、欲望と少しの本能でこんなにも簡単にできることを知った。世界がなんだ、と地面に毒づいて常識をはね除ける。

「勇人ー。明日はちょっと会えなくなっちゃったんだ…。ごめんね?」

店を出るとすぐ、顔の前で手を合わせながら可愛らしく言った。

「あ、気にしなくていいよ。また連絡して」
「優しいー。ありがと。勇人、大好き」

菜穂は俺の腕に絡まってまた何か言っていたが、俺の脳は、いや本能は、先程の彼女のことでいっぱいだった。

「彼女、菜穂とは毛色がちがったけど、どこで出会ったの?」

出てきた言葉が、自分でも驚くほど冷静で、何食わぬ顔で聞いていることがわかった。

「んー、さくらと?さくらとは小学校から同じで、所謂幼馴染ってやつ?今は大学も離れちゃったけど、バイト先が近いから時々会ってるんだー」
「あのへんに何かバイト先ってあったっけ?」
「私の行ってるパン屋さんの裏路地にあるカフェで働いてんのー。さくらにピッタリだと思わない?」

ニコニコと俺の腕に絡めながら、言った。

「確かに」

頭の中では地図が広がり、だいたいの位置を確認する。

「…そんなことよりー、これからどうする?明日会えない分、勇人ンチ…いく?」

甘ったるい声に仕草。
身体に詰め込むだけ詰め込んだ女の醜さに欲情しつつ、心は冴え渡るほど冷めていた。

「…ああ」

簡単で残酷な裏切り



ゆびさき に きす様提出
《裏切り》

present by


prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -