22時を少し過ぎた頃。俺を試すかのように甘えた声で電話をかけてくるのは、もうお決まりの出来事だった。
着信音が鳴れば――どんな内容なのかわかっているのに――結局は出てしまう。
それをわかってやってるんだから、ズルい奴だよ。
「真也…」
震える声音にこぼれる吐息が、電話越しでなければいいのに。
何度そう願ったかわからない。
電話がかかってくる度願ったのか、それともふとした拍子にそう思ったのかわからない。それほど、考えているということに自分でも呆れる。
「紗子、どうした?」
冷たく突き放そうと思っていても、いざ紗子の声を聞いてしまうと、自分でも驚くほど優しい声音で『紗子』と呼んでしまう。もうそれは反射としかいいようがない。
「順君から連絡がないの」
じゅんくん。
そんな名前聞きたくない。
いつだって紗子を困らせて、それでも愛されているのに。
――そんな男やめろよ。
そんな男前なことが言えないのは、自分が一番良く知ってる。
そして、この後に続く己のセリフももう決まり文句だ。
「大丈夫だよ」
何が大丈夫、だ。
自分が一番大丈夫じゃないくせに。
「そう、かな? 真也に言ってもらえると大丈夫な気がしてくるから不思議」
そう言うと、電話越しから鼻を啜る音が微かに聞こえた。
いつもそうだ。
全然平気じゃないくせに、いかにも俺の言葉で励まされましたと言わんばかりに元気なフリをして、そのくせ、そうやってわざとらしく鼻を啜って、その大きな可愛い瞳から涙をこぼすんだろ? 俺の知らないところで。その歯痒さに俺が苦しんでるのも知ってるくせに。ズルいやつ。本当にズルくて、どうしようもない女だ。
――それでも、泣いているなら駆けつけて抱きしめてやりたいなんて思っちゃってるんだ。もう、どうしようもない。
「…お前ほんとに嘘が下手だよ」
俺の気持ちにも本当は気づいてるんだろ?
「え? 今なんて言ったの?」
ほらな。
「いや、何も」
ズルい奴だよ。
かなわないひと
世界が丸い理由。様提出
《そうやって、泣くんでしょ?ズルイ人。》
present by空
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