人間の恋





ダメだとわかっていた。
人間には本能とはべつに理性というものが備えられている。
それなのに。
私の理性は役立たずだ。

親友が涙を必死に堪えながら、可愛らしい声で言った。

「多分、浮気、してるんだと、思うの」

紡ぎ出された言葉が詰まる度、息が止まりそうになる。唯一の光は、彼女が私を見ずに、視線を下に落としていたこと。

「そんなわけないよ」

すんなり出てきた自分の言葉に寒気がした。よくもまぁ、スラスラと。

「勇人くんは、菜穂一筋だよ」

笑顔を貼り付けて、残酷な言葉を言う。人間のすることではない、と頭の何処かで警鐘が鳴る。

「…そう、かなぁ?」

悲痛に歪む表情で、私を捉えた。その瞳が私をジワジワと苦しめる。思い切り視線をそらしたい衝動に駆られるが、こんな時に限って理性がでしゃばってくる。

「そうだよ」

机の上に置いていた携帯が音を立てた。まるで怒っているかのような態度に一瞬、ビクリと肩が動いた。

「さくら、携帯とってくれていいよ?」
「えっと、電話だから」
「急用かもよ?」

すっかりいつも通りの菜穂に、小さくため息を漏らしてから携帯を手にとった。

相手は見なくてもわかる。

「…もしもし」

こんな状況でも嬉しいなんて、どうかしてる。

『あ、さくら?』
「うん…。どうかした?」
『なんだよ、余所余所しいな。…さくら、今から会えない?』

彼の優しい声が心地よい。目の前の彼女に声が漏れていないか心配する反面、少しの優越感。

「ごめん、今ちょっと外にいるから…」
『 …会いたい』

このまま死んでもいい、とさえ思わすこの男が憎い。

『夜からそっちに行ってもいいか?…菜穂には実家に帰るって言ってあるから、この三連休ずっと一緒にいられるんだ』

電話の向こうで勇人が、甘い声を囁く度、死にたくなる。

「うん。また連絡する」

電話を切ると、目の前の現実で殺されそうになる。

「…ねぇ、誰から?」

いつか終わってしまうだろうこの恋を、私は何食わぬ顔で護る。

「大学の友達」

親友である友達に牙を剥けて。








ゆびさき に きす様提出
《横取り》

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