重ねた嘘と





その涙が。

その君の涙が地面に落ちてしまう前に抱きしめることができたなら、僕たちの未来は変わっていたかな?
見えない未来が憎たらしい。





「木村さん、」

きっかけなんて覚えていない。ただ、出逢ったんだ。



「先生、私は本気です」



彼女は震える声を無理に吐き出すと、下唇をキュッと噛みしめた。痛みからか、涙をうっすら浮かべた。


――いや、痛みからか、なんて陳腐すぎる言い訳だ。



「‥木村さん。それはどういう意味でしょう」



さして度の入ってない眼鏡をくっと押し上げた。冷静でいたい、という一心だった。



「先生が好きです」



そう言って彼女はついに涙をこぼした。その涙を掬い取ることはできない。



「それは勘違いです。年上に憧れる年頃です」



耳に入る自分の声は、震えていないように聞こえた。願望かもしれない。


「違います!先生が本当に好きなんです。胸を締めつけるこの想いまで無かったことにしないでください」


――だったら。
なぜ今このタイミングで言ったのか。本当に君は僕と結ばれたいという気持ちがあるの?


頭の中で駆けめぐる言葉は、駆けめぐると同時に脳内に浅い傷を残していく。じくじくと鼓動と共に共鳴し、思わず目をつむった。




「‥君は僕の生徒だ」


――今は。


「‥それが今の“先生"の答えなら、卒業するまで答えは保留にしてください」


わかっていながら、なぜ今言うんだ。キミは


「今も未来も、僕も教師も、どれであっても、変わらない」


嘘を嘘で重ねて幾たびに、大人への階段を一気に駆け上っている気がした。あんなにもなりたくないと唾吐いた大人の仲間入りだ。


「それが、答えですか?」


彼女の繊細な声が震え、それに応えるように涙が零れた。まるで、僕の嘘を一つ一つはがしていくように、ポロポロと零れ落ちた。その涙が零れ落ちる度、違うんだ、と言ってしまいそうになる。



違うんだ。
涙を拭いてくれ。


膝をついて、抱き寄せてしまう未来を容易く想像できる。まるで、その衝動しか僕の中に存在しないかのように。

それでも。
願ってはいけない未来だ。



「‥それが答えです」


僕は、嘘を重ねすぎた。




重ねた嘘と
棄てた未来







joie様提出
《切望》

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