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桜くんや黒岩達の騒動に巻き込まれて数日。
耕助くんの傷はすっかり良くなり私も私で柑葉くんとの蟠りも時間と共に解決に向かい今日はいつものように「いってらっしゃいませ。」と朗らかな笑顔で送り出してくれた。



しかし、一つだけ明確でない事がある。
それは耕助くんが黒岩…つまり一般人を能力で傷つけた罰。
今日まであいちゃんと、彼の様子に注意を払っていたがこれといって変わった所は見受けられなかった。



「じゃあこの問題を…植木。久しぶりに頼むわ。」



物思いに耽りながらなんとなしに受けていた授業だったが今正に考えていた人物の名前が上がりハッとする。
ああ、そうか…彼、頭がイイんだっけ。
椅子から立ち上がった耕助くんは皆の注目と先生の期待の眼差しを浴びながら黒板の前に立つと凄まじい勢いで問題を解きはじめた。
私を含む生徒一同は皆度肝を抜かれ、ただただ開いた口が塞がらない。



「すごいぞ植木、さぁ、答えはなんだ!?」





「わかんねぇ。」



「わかんねぇのかよ!」クラス全員の心の声が見事にハモったような気がした。
この時、ふと先刻までの疑問が脳裏に過ぎって今この現状と重なりあう。
もしかして…耕助くん、"勉強の才"を…。
隣の席のあいちゃんを盗み見ると彼女も同じ考えだったようで私の方を見てうなずいた。





バ ト ル ゲ ー ム





同日、放課後。
あいちゃんと耕助くんは小林先生を訪ねる為に職員室へ行くと言っていたが、私は今日は帰ると告げ一人足早に学校を後にした。
今日はバトルゲーム開始の日。
放課後、柑葉くんに家の近くの公園で待っているように言われた私は周りを気にしながら早足で家路を歩く。
もう開戦の狼煙は上がっている。
いつ能力者に襲われてもおかしくないのだ。



「ふぅー…喉渇いちゃったな〜水でも買おっと。」



気を張りすぎたせいか、それとも夏本番前であるにも関わらずやたら汗ばむこの陽気のせいか、渇いた喉は水分を欲していて近くの自動販売機にかけより硬貨を投入する……しかし、ここで思わぬ悲劇が私を襲った。
しっかりと表記された金額を入れたはずなのにボタンにあるランプは点灯していない。


「うそ!ちゃんと入れたのに…ぼったくりー!」



たかだか100円とはいえこれは悔しい。
硬貨の通り道であろう投入口の下の辺りを叩いてみたり、自動販売機の側面に両手を沿えて揺さぶってみたりと色々な方法を試みるも全て無駄に終わり、謎の徒労感とつい情けない行為をしてしまった羞恥に襲われた。
普段ならここで冷静になり諦める私だったが、この蒸されるような熱さが私の中の何かを奮い立たせた。



「こうなったら…意地でも吐き出させる。」



怒りに身を任せ、足を天高く振り上げた正にその時だった。



「アカンで嬢ちゃん。そんなはしたない真似したら。」
「きゃっ!」



突然の背後からの声に驚き、光の速さで足を下ろすと慌てて振り返った。
すると、綺麗な黒髪によく映える白い手ぬぐいを頭に巻いた私と同い年くらいの少年が朗らかな笑みを浮かべ立っていた。



「おぉ、スマンな驚かして。しかしやなぁ、女の子がまぁそない足振り上げて…パンツ丸見えやったで。」
「なっ!?ななな…、」
「冗談や。」
「〜っ、もうっ!からかわないで!」



とんでもない痴態を見られた挙句、笑えない冗談を言われた私は耳まで顔を真っ赤にしながらも強がって少し彼を睨んでみた。



「怒らんとってや、自販機に金取られたんやろ?俺に任せぃ。」



手ぬぐい鉢巻きの彼は私に少し離れるように言うと自動販売機の前に立ち壊れるんじゃないかと思う程の力で見事な蹴りをそいつに放った。
私はその後ろ姿を見ていると、ふと見慣れない彼の服装に目がいった。
これってアレだよね、ほら…日本人が昔から着てるって有名な…。



「おっしゃ、上手い事いったで。どや?」
「……カッコイイ。」
「おおっ、そうか!惚れてもうたかっ?」
「うわぁー凄い!コレ…着物!?古来から日本人が着用していたと言われるあの…。すごーい!渋ーい!カッコイイ!!!」
「って着物の事かいな…。なんや嬢ちゃん着物見んのはじめてか?」
「うんうん!生で見るのは初めて。…いいなぁ日本って。」
「そ、そない見つめられたら穴空くわ。」



暫く着物に見入っていた私だったが、「金、上手い事入ったで」と言われ我に返ると、念願の水を購入し二人で近くのベンチに腰掛けた。





「はぅ〜…生き返るー。」
「死んどったんかいな。」
「えへへ、半分。そういえばお礼がまだだったよね、ありがとう。」



ニコリと笑うと彼もどういたしましてと笑い返してくれた。
その笑顔があまりにも綺麗で、陽気とは違う別の何かで顔に熱を感じそれを誤魔化すように口いっぱいに水を含んだ。



「嬢ちゃんオモロイな。名前なんてゆーん。」
「私は小桜美柑。よろしくね。」
「(小桜美柑…?その名前どっかで……。)」
「アナタは?」
「お?ああ、俺はな…佐野……、」



「おい!あっちだってよ!」
「まじかよ!女の子がエントツから落ちそうだって!?」



鉢巻きの彼の言葉を遮るように聞こえた穏やかでないその会話に私は目を丸くし反射的に立ち上がる…すると同時に彼も立ち上がり目を見合わせて頷くと走り出した。



「あっちや!行くで、美柑!」
「う、うん!」



いきなり名前で呼ばれ一瞬驚いたが、不思議と嫌な気はしなかったので気にせず彼の後ろをついていった。
数分走ると、エントツが見えて来て先程の会話の通り確かにそのてっぺんには女の子の姿があった。



「でもなんであんなとこに…」



辺りには人だかりが出来ているって言うのに…なんで誰も助けに行かないの?
私はその事に少し苛立って乱暴に野次馬をかき分けると一目散にエントツへ向かう…しかし突然鉢巻きの彼に手首を掴まれ足を止めた。



「な、何?」
「待ち待ち。自分エントツ上る気ちゃうやんな?」
「そうだけど…。」
「女の子にそんな危険な真似させる訳にはイカンやろ。俺が行ってくるから下で待っとき。」
「で、でも……。」
「ええか?自分の格好よう見てみ?えらいサービスショットになるで?」
「ななっ!…もうっ!!またからかって!」
「ははっ。ほな行ってくるわ!」



鉢巻きの彼はそう言ってまた太陽のようにニカッと笑うと、銭湯の屋根に上がりエントツに取り付けられた手すりに掴まりどんどんエントツを上っていく。
その姿は徐々に小さくなっていきあっと言う間に女の子のすぐ下まで辿り着いた……その時、下を見下ろした女の子が手を滑らせエントツから落下した。
私は思わず息をのみ目を見張った……が、鉢巻きの彼が大きく両手を広げ女の子をなんとか抱きとめその場にいた誰もが安堵の息を吐いた。
私もホッと胸をなで下ろしていると背後から聞きなれた声が聞こえた。



「美柑ちゃん!!」
「あ!あいちゃん。小林先生との話は済んだの?」
「う、うん…それよりあの男一体なんなの!?美柑ちゃんの知り合い?」



そう言ってあいちゃんが目をやったのは鉢巻きの彼。
まあ…全く知らない人ではないけどまだ名前も聞いてないし……知り合いなんて馴れ馴れしい事は言えないし…。



「いや、…知らない人だよ。そういえば、あいちゃん耕助くんとは一緒じゃないの?」
「植木なら一緒に……あれ!?いない!」



一緒にいた筈だったが、いつの間にかいなくなっていた事に今気がついた様子のあいちゃん。
とそこに、今まさに話題になっていた人物が「ゲホッ」と咳を一つ落としながら現れた…がその身なりに私達は目を丸くした。



「耕助くん!真っ黒じゃない。」
「植…木!?そ、その格好…あんた今までどこに…」
「エントツの中。」
「は!?」



全身煤まみれの耕助くんはそれだけ言うと、今だ泣き止まない女の子の前にしゃがみ込んで「忘れ物」と言ってその小さな手の平に少し汚れたお手玉を落とした。
それを見た瞬間、女の子の涙は止まり表情は一瞬で晴れた。
丁度そこへ女の子の両親と思われる男女が現れ、百々花ちゃんと呼ばれたこの女の子は彼女の祖母の形見であるこのお手玉を取る為にエントツに上ったのだと説明した。



「お手玉…ありがとう!とってくれてありがとう!」



なるほどね…。
確かに女の子が理由なくエントツを上るだろうかと疑問に思っていたが……これで全て合点がいく。
やっぱり耕助くんは優しいな。
そうでないと、瞬時にそこまで考えられるはずない。



「兄ちゃん!佐野清一郎。俺の名前や。ちなみに中三。」



突然鉢巻きの彼、改め佐野くんが耕助くんに名乗った。
3年生だったのか…私ったら年上にタメ口を………って、んん?佐野清一郎?…佐野……どこかで…。



「………植木耕助。中一……」
「やばいって!美柑ちゃんも……逃げるよ!!」
「わわっ、待ってよあいちゃーん。」



突然物凄い力であいちゃんに手を引かれ私の思考は途切れた。
そのまま私達は、佐野くんにロクに挨拶も出来ないままあいちゃんに半ば引きずられるようにその場を後にした。










「絶対にそうよ!あいつも能力者なのよ!」
「テレビの見すぎだろ。」
「なんでそんなのんきなの!?」



走る足を緩め、少し息を整えてからあいちゃんが断言した。
熱くなるあいちゃんと冷静過ぎる耕助くん…二人を足したら丁度いい感じになりそうなんだけどなぁ…。などと思っている間にもあいちゃんは、中学生とすれ違うたびに身構えそわそわしっぱなし。



「だめ…どいつもこいつも敵に見えちゃう。」
「その若さで神経すり減らしてどうする。」
「あいちゃん落ち着いて。小林先生と何話したか知らないけど…ひょっとして先生の言葉に振り回されて疑心暗鬼になってるんじゃないかな?」
「美柑ちゃん…そ、そうよね。私の考えすぎだった…」
「あ。あいちゃん前……。」


やっとわかってくれたようでホッとしていると、私との会話に夢中になっていたあいちゃんは向かいから来た背の高い学生とぶつかったその途端。



「でたな能力者め!!」
「言ってるそばから……。」
「少しおちつけ森。」
「そうだよ、公民館で休もう。」
「能力者出てこーい!かくれてないでさー!」



この時は気付かなかった。
そう…後になって思い知らされる…。
あいちゃんの直感は強ち的を外してはいなかった事…。










14話 end...
(長いな今回…。佐野くん登場!…何か変態チックだね……こう、なんかもっと初々しい感じにしたかったんだけど…。)


 


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