夜空を見上げて | ナノ

≪気高く美しいその人は≫



高校へ入学して、たった数日で智草は察した。


「この高校はパンの競争率が激しい……」


何とか激戦を潜り抜けたが、今後は弁当にした方がよさそうである。
戦いだけで時間が過ぎるのだ。智草は息を吐きながら長い廊下を歩いていた。
ふと、足を止める。


「さっすが桐条グループのお嬢様は綺麗だな」
「なに、ここにもコネってやつで入ったのか?」
「やっぱ女子のレベルたけー」
「先輩方、用件をお願いします。急いでおりますので」


一人の女子生徒が、先輩たちに囲まれていたのだ。
雰囲気が、どこか重い。


「けど、かってーよな」
「この分じゃやっぱアッチもかてーのか?」
「でも見ろってコイツの胸。デケーぞ」
「ぷっ、お前もっとオブラートに包めって〜」
「……用件がないのなら失礼します」


立ち去ろうとした赤髪の女子生徒は顔を顰めた。
どこからどう見ても、先輩たちが絡んでいるようにしか智草には映らない。


「っとと、待てよオジョウサマ? すこーし付き合ってくれよ」
「お付き合いのイイ女は将来役に立てるぜ? ”アッチ”でだけどな」
「ひひっ」
「…下衆が」
「…あん?」
「下衆が、と言ったのですよ先輩方」


冷淡な声色に先輩たちの表情が一変する。
へらへらと笑っていた笑顔は消え去り、激高していた。


「っテメェ、言わせておけば……!!」
「桐条だからって調子にのんじゃねぇぞ!!!」
「――みっつるー! お待たせ!!」
「えっ」
「ぁあ?」


智草はパンを片手に女子生徒へ駆け寄り、その細い腕に抱き着いた。
男たちの視線と同じように、女子生徒からも怪訝そうな表情で見られる。
だが、これを無視して智草は笑顔を浮かべた。


「あれ? もしかして取り込み中だった?でも先生に呼ばれてるし、お昼の時間無くなっちゃうから行こうよ! それとも先生に言っておこうか? ”桐条美鶴は先輩方に捕まっていましたー”って」
「……チッ、」
「白けたぜ」


どうやら、諦めだけは良いらしい。
去っていくだらしない背中を見送って、智草は身を離した。


「……まったく、なにあの人たち!!」
「…あの、…すまない。助けてもらったみたいだ…」
「いや、気にしないで。というかお嬢様だから目を付けただなんて、アッチもアッチだよね。大丈夫だった?」
「あ、あぁ……その、この礼なのだが」
「いやいやそんなものいいよ」
「だが…」


やけに渋ってくる。
きっと、こうやって助けてもらったことはないんだろうなと勝手に智草は考えていた。

入学する前から話題になっていたのだ。
この学校を設立した桐条グループの令嬢が、同じ学年だということは。
それだけで遠巻きに見られ、揶揄われ、さぞ心苦しかっただろうと智草は失笑する。


「別に助けることはビジネスでもなんでもない、ただの人の好意なんだからさ」
「……そう言う、ことなら…」
「よし、じゃ行こう美鶴」
「え…」
「ん? だって、さっき一緒にご飯食べるって宣言したし、後であの人たちに見られたら面倒でしょ?」
「あ、いや…そっちではなくて…」
「もしかして名前呼びは嫌だった?」
「だ、大丈夫だ…」


令嬢だろうと、ただの女の子で、ただの学生なのだ。
智草はパンを持ち上げた。


「私は篠原智草ね。宜しく」
「よろ…しく」
「うん! じゃあ、昼食タイムでーす!」

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