夜空を見上げて | ナノ

≪駒を動かす規格外≫



>巌戸台分寮
各々が夕食を終え、好きな時間を過ごしている中で、明彦は自室のベッドに腰を下ろしていた。
まだ影時間までは2時間近くある。

今のうちに勉強でもしようか。
そう一瞬だけこの時間の使い道が頭をよぎるが、それはすぐに消滅する。

明彦自身、勉強はそこまで好きではなかった(もちろん好きな人の方が珍しいだろうが)。
それでも試験で上位を抑えているのは、やはり同居人である彼女の圧力があるからだろう。
今年は先輩という立場上、後輩の見本にならなければならない。
……とはいえ、一人しかいないのだが。

それにしても、こういう時はどうするべきか。明彦は再度考える。
視界に入るのはぶらさがっているサンドバッグ。
やはりこれしかないか。明彦はいつも通り叩くに限ると腰を上げる。
それと同時だった。


「――ん?」


携帯がメールを受信したようで。
開いてみればたった一文と写真が送られてきていた。

『外、きれい』

そんな短文に何がだと思うも、添付された画像を見ればすぐに理解する。
キャンパスはバケツをひっくり返したようにすべて藍色で。
それでも所々に散りばめられた、金平糖のようなそれが煌めいている。


「…確かに」


『そうだな』
またメールを受信した。


『今日は快晴だったから、読み通り凄い綺麗に見える。アキくんの自室からは見えるかな?』


明彦はカーテンを少し引いて天を見上げた。
場所が悪いのか、添付されてきた画像のように綺麗には見えない。
けれど、数点だけそれは輝いている。


『まあまあ、ってところだ。お前の所は随分きれいに見えているんだな』


またすぐメールを受信した。


『家からは何も見えないよ』


思わず顔が硬直した。そして、時計を見る。
時計の長針は既に10と11の間にまで迫っている。


『お前、今どこにいる』


すぐに携帯が鳴った。
明彦は再度、同じ質問をした。


「――どこにいるんだ」
『神社!』


今度は実際に声が届いてくる。
元気に答える智草とは打って変わり、明彦は大きく溜め息を吐いた。


「お前な、いったい今何時だと思っているんだ。早く家に帰れ。こんな時間にあまり外をふらふらするなと言ってあるだろ」
『アキくんってば、いつから私のお母さんになったのー?』


くすくす、と耳元にくすぐったい笑い声が。


『だってさ、今日の星凄い綺麗なんだもん。ビックリ…いつもはこんなにハッキリとたくさんの星々は見られないんだよ』
「…だからと言って、1人でうろちょろするな」
『…1人じゃなければいいの?』
「あのなぁ……」
『分かってる、分かってる。でも、もう少しここにいる。風も気持ちくてさー……』
「……寝るなよ」
『分かってるよー…』
「……はぁ」


電話越しに聞こえる智草の声は、次第にゆったりとしてきた。
明らかに睡魔が近づいてきているのだろう。
まったく……と明彦は、迷わず掛けてあった上着を手にすると自室を出た。


「お前、もう少しそこに居ろ」
『んー…帰ろとか居ろとか、アキくん矛盾してますよー』
「うるさい! いいから、そこから動くなよ」
『はーい』


本当に大丈夫だろうな、と不安になるほど適当に返事が返ってきて、また自然と息が漏れる。

明彦は携帯をしまうと、階段を駆け下りた。
その音に反応してか、リビングが見えてくると1人いた美鶴がこちらを訝しげに見上げていた。


「明彦……?」
「美鶴か。悪いが少し出てくる」
「何度も言うがあまりはしゃぎすぎるなよ」
「いや、今日は巡回じゃない」
「なに?」


心底意外そうな表情をする美鶴に、明彦は思わず苦笑した。
自分はそんなに巡回巡回と夜を這いずり回るようにしていたのだろうか。
――……いや、していたのだろう。


「智草のやつが、いま神社にいるみたいでな。あの調子だと何時間もいたんだろうし、この時間だから1人にもさせられん」
「神社? …またどうして」
「星が綺麗で見とれてるんだとさ」


手にしていた上着を着ながら、美鶴にそれを話す。
それを聞いた彼女はふむ…と手にしていたカップを置いて考え込んだ。
多少疑問には思ったものの、今は早く智草のところへ行かねばと明彦自身が急かす。


「そういうわけだから行ってくる」
「待て、明彦。……私も一緒に行こう」
「……なんだと?」
「なんだ、私がいては邪魔か?」
「いや、そういうわけではないが……」


歯切れ悪くなってしまうのは、美鶴がこう言ってくるのが初めてだからだろう。
美鶴はフッと綺麗に微笑むと、ソファの背もたれにかけていた自身のコートを着だした。


「私だって時間が許す限り、智草と一緒に過ごしたいと思っているさ」
「……アイツも喜ぶ」
「それなら良かった。……さてと、では行くか」
「あぁ」


一緒に分寮を出て歩きながら、ふと思う。
美鶴がこうして自身から動くのも珍しいなと。
しかも彼女の手元にはカップと一緒に何らかの資料があった。
つまりは、普段忙しくしている宗家への報告書やらシャドウ研究の過去データやらを見ていたということだろう。

それらを放ってまで外へ導かせる智草は、かなりのやり手だ。
……自分もまた、そんなやり手に踊らされているのかもしれないが。

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