夜空を見上げて | ナノ

≪金髪碧眼の乙女≫



「初めまして。アイギスであります」
「可愛い名前だねぇ」
「可愛い……?」


こてん、と首を傾げた愛らしいその美少女は「おかしいです」と小さく言葉を漏らした。


「可愛いとは“小さいものや弱いものに心惹かれるさま”。私は小さくもなく、対シャドウ特別制圧兵装として弱い存在でもありませんので、不適切な形容詞であります」
「ああアイギス!? ちょ、何言ってんの!?」
「対シャドウ特別制圧兵装……?」
「篠原先輩も復唱しなくていいですから。忘れてください、ねっ!?」


ゆかりが慌てて智草とアイギスの間に入り、大振りに腕を広げて何やら懸命だった。
智草はにっこりと、ゆかりの影からアイギスへと笑いかける。


「良く分からないけど、アイギスちゃんも寮生ってことなのかな?」
「ワンッ!」


アイギスが返事をする前に、コロマルが吠えた。


「コロマルさんが“この間はありがとう”と申しております」
「アイギスちゃん、コロちゃんの言葉分かるの?」
「あー、だいたい! だいたい通訳してくれるんですよ!! あはは、海外で自然と触れ合ったら身についたらしくって! ね、アイギス!?」
「海外? ラボのことでしょうか?」


ゆかりだけが冷や汗をだらだらと流して、慌てている。
再びアイギスを背中に隠すように立ち、智草へと声を掛けた。


「とっ、ところでコロマルに感謝されることって何かあったんですか!?」
「えぇ? なんだろう……コロちゃん、私何かしたっけ?」
「ワンッ……!」
「“仲間たちのブラッシングをしてくれた”と。どうやら、コロマルさんのお仲間から聞いたようです」


その言葉に、智草はあぁと小さく頷く。
休日で歩いているときに、よくコロマルと一緒に居る犬たちと出会ったのだ。
最初は挨拶をして触れる程度だったが、たまにエサをあげたり、ブラッシングをしたりしているうちに懐かれていたらしい。


「ワフッ……ハッ、ハッ!」
「ちょ、なんで興奮してるわけ!?」
「コロマルさんは“自分もしてほしい”と求めております。これがおねだり……なるほどなー」
「ブラッシングしようにも、道具が今ないんだよねぇ。寮にはある?」
「え? はい、ありますけど……」


結局、あれやこれあと智草は分寮へ向かうことになる。


「では、篠原先輩さんをお招きするであります」
「アイギス、“先輩”は名前じゃないから!」
「ハッ! そうでありました」
「アイギスちゃんは面白いね。改めて、篠原智草です。よろしくね」
「智草さんですね」


長袖の、丈の長いワンピースを着るアイギスは本当に可愛いとさえ思えた。
金髪碧眼も相余って、どこか人形だとさえ。
智草がそんな横顔を見ていると、気付いたアイギスが小首を傾げる。
少し、ぎこちない動きだった。


「もしかして、智草さんは真田さんや美鶴さんのお知り合いでありますか?」
「うん、そうだよー」
「よくお二人の会話に登場する固有名詞だったので、記憶していたであります」
「ふふ、私の話出てくるんだ? 気になるなぁ、どんな内容?」


自分が知らないところで、自分の話をする親友たち。
興味が湧くのは無理もなかった。


「最新ですと一昨日21時43分、美鶴さんが智草さんから贈呈品を頂いたのだと、嬉しそうに話しておりました」
「贈呈品……? あ、パウンドケーキのことかな。試験一位とったお祝いで、今回はオレンジ風味にしてみたんだけど」
「それを真田さんが横から掠め取り、美鶴さんから強烈な蹴りが炸裂していたであります。真田さん、ダウン状態から立ち直れておりませんでした」
「……ええっと……」


どうしよう、想像ついてしまった。
智草は頬を掻いて、遠い目をする。
少し先行していたゆかりが後ろを振り返り、苦笑している。


「大変だったんですからねー? もう篠原先輩に連絡とった方が丸く収まるんじゃないかってくらい!」
「アキくんもパウンドケーキ食べたかったのかなぁ……」
「いや、普通に智草さんからプレゼント欲しかったとかじゃないですか? 真田さんだって成績良いですし」
「でも、アキくんとはご飯度々行ってるんだけどなぁ。寂しかったのかー可愛いなぁ、アキくん!」


くすくすと笑う智草を尻目に、ゆかりは「そういう問題じゃないと思いますけど…」と呟く。
すると、アイギスが再び首を傾げた。


「真田さんは男性であり、身長も175.5cmで比較的大きいであります。可愛いは、適切な発言では――」
「あぁ、いいから! アイギスは黙ってて!」
「はい。黙っています」
「ワンッ!」
「アンタには言ってないから、コロマル……」


次第に寮が近づいてくる。
ゆかりはさっそくコロマルの用品を取りに奥へと消えていく。
まだラウンジには誰もいないらしく、入口にはコロマルとアイギス、智草が取り残された。


「智草さんは、この寮に住む皆さんとお知り合いなのですよね」
「ん? そうだね」
「時々料理を作ってくれると嬉しそうにお話をしていらっしゃいます。智草さんは……ここの寮母さんでありますか?」


寮母。
その言葉にきょとんとしてしまう。


「っあはは、違うよー。そりゃお節介は焼いているけど、私が好きでしていることだし」
「好きで……?」
「そう。アキくんや美鶴が好きだからって言うのもあるし、後輩達と仲良くなりたいって気持ちもあるからね」
「仲良く…でありますか」
「うん。だから、アイギスちゃんも迷惑でなければ私と仲良くしてくれると嬉しいなぁ」


智草の微笑んだ姿を、アイギスはじっと見つめる。
何も言わずに凝視された智草は次第に恥ずかしそうに眉を下げた。


「…可愛い、とは智草さんに使う言葉と認識しました」
「え!?」
「智草さんは可愛いであります」
「と、突然どうしたのさ、もう。アイギスちゃんの方が可愛いよ!」


ゆかりが戻ってくるまで、ひたすらお互いを褒め合った。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -