夜空を見上げて | ナノ

≪その女、統べる者なり≫



『ここです! このフロアに反応があります!!』


何度も何度も階段を昇って、ようやく辿り着いた。
見慣れたフロアがやけに広く感じる。
明彦は拳を握った。


「散って探すぞ。うかうかしている暇はない!」
「待て。明彦! ここはフロアの様子が変わっている。どんなシャドウが出るかもわからないのに下手に散るのは危険だ!」
「アイツがいるんだぞ!? ちんたらしてられるか!!」
「だからこそ落ち着けと言っている!!」


びくりと肩が飛び跳ねた。
バッドを胸に抱えた順平が泣きそうな顔をしながら、隣の指揮官へ視線を移す。


「な、なぁ……アレ、止められる?」
「…無理かな」
「だよなぁ〜〜そりゃ心配だけどさ! ちょっと、俺、体力の限界かも……」
「頑張れ順平」
「お前は平気なのな!?」


――失踪者 篠原智草。
無断授業欠席。明彦や美鶴からの連絡も通らず家へ訪問したところ不在。
まさか、と嫌な予感を抱えて影時間を迎えれば、タルタロスに気配があるという。
これには明彦が、美鶴が駆け出さないわけがなかった。


『待ってください……このフロア、何だか変です』
「気にするな! 立ちふさがる奴は全て俺が消し炭にする!」
「同じことを言わせるな! 明彦!!」
『ち、違うんです……ここ、シャドウの気配がありません……』


明彦と美鶴の眉間の皺が深くなる。
大して順平が助かったと言わんばかりに表情を崩し、年長者に声を掛けた。


「シャドウがいねぇってことは、智草サンは無事っすよ!」
「…あ、ああ……」
「だが妙だな……。宝箱もないフロアなんてあったか?」
「記憶している限りはないですね。他のフロアとは明らかに違う。真田先輩、ここは固まって動きましょう」
「…………クソッ!」


リーダーである湊が先導して探索を始める。
恐ろしい程静かなフロアは明らかに不気味さを増長させていた。
靴音と吐息がやけに響く。


「な、なんか怖くね……?」
「山岸。反応は間違いなくこのフロアなんだな?」
『はい。もう少し奥の方から感じま――あっ』
「どうした」


ザザッとノイズが走った後、風花が動揺したように息を乱した。


「山岸? まさか何か動きがあったのか!」
『み、皆さん急いで! 奥に“死神”タイプが出現しました!』
「なんだと!? さっきこの階に着いたばかりだぞ! っふざけるな……!」
「あ、待ってください真田サン!!」
「明彦!! 一人で突っ走るな!」
「急ぎましょう、このままじゃ危ない」


シャリン……
重い、鎖の音が響く。

血塗れた床を蹴り飛ばすと、奥にぽつりと人影が映った。
誰よりも先行していた明彦が声を張り上げる。


「智草!!」
「……」


探し求めていた智草だった。
タルタロス内部で立ちすくむ彼女に近付こうとした刹那、明彦の足元に弾丸が撃ち込まれる。


「明彦、大丈夫か!?」
「くそ! ここまで来て邪魔するつもりか!」
『“死神”タイプです! 何とかして戦闘は避けてください! 皆さんの今の体力では、到底太刀打ちは出来ません!!』
「目の前に智草がいるんだぞ! 逃げるバカがいるか!」


黒い装束を纏った“刈り取る者”が立ちふさがる。
くねりと体を揺らしながら、再び銃を構えて放つ。


「一度撤退して、アイツが消えた後に智草サンを助けるってのはどうっスか!?」
「その間に彼女に何かあったらどうする!!」
「えぇええ、桐条先輩までスイッチ入った!?」


武器を構える美鶴の横で、明彦は召喚器を撃ち放つ。


「――カサエル!!」
「ええええマジでやるんすか!!」


激しい皇帝の稲妻が刈り取る者を襲う。
一度ふらついたその身もすぐに立て直され、嘲笑うように鎖の音がぶつかり合う。


「ど、どうするよ湊!」
「奥に階段がある。何とかして先輩を引っ張って上の階に逃げるしかない」
「あのシャドウを擦り抜けられる気がしねぇよ! っだぁああ、でもやるしか……」
「伊織、避けろ!」
「うおぁっ!?」


刈り取る者が揺れる度に、奥に智草の姿が映る。
シャドウの気が逸れてもう、彼女へ矛先が向いたら――
明彦が再び召喚器をコメカミにあてると、風花の声がフロアに広がる。


『うそっ、強力な技がきます! 避けてください!!』
「え、これヤバくね?」
「みな防御しろ!!」


頭上に禍々しい光が放つ――弾けた途端、身体が容易に吹っ飛び壁へと打ち付けられた。


「うあッ!」
「くッ……」
「し、しまっ……!」
『ど、どうしよう、全員体力限界! お願い、逃げてください! このままだと全員ッ!!』


ぐわんと揺れ動く視界の中、何とか立ち上がる。
目の前に、影が落ちた。


「明彦ッ!!」
「真田先輩!」
「真田サン!!」


カチャリ、と暗闇を浮かべる銃口が目の前に突き付けられた。
身体が硬直する。

引き金が、引かれ


「――……アキくん?」


細い、女の声が空気を静寂へと包み込む。


「アキくんだ……」


銃口よりも奥。影よりも奥に、智草と目が合った。
明彦は固まっていた唇を何とか動かす。


「逃げろ、智草……」
「…え…」


刈り取る者が、ゆっくりと踵を返した。
鎖が、動いた。


「逃げろ!!!」
「……あ……」


召喚器へ伸ばした手が宙を切る。
先程の攻撃で手から離れていたのだ。
明彦が駆け出しても、それより先に影が智草へと覆いかぶさった。


「――……は……?」


刈り取る者は、智草の背後へと回り、静かに身をくねる。
明彦の足が無意識に止まり、仲間たちからも戸惑いの声が漏れた。


『……“死神”タイプのシャドウが、攻撃を停止しました……』
「な、なんで……?」
「わからんが……あれでは、まるで」
「守ってる……?」


美鶴たちの瞳には、智草の背後に浮かぶそれが、自分たちのシャドウと同じたちに映ってしまった。


「……あ、美鶴たちもいる。やっほー」
「や、やっほー……って何のんきにしてんすか!!」
「順平くん凄い傷だね。あれ、湊くんも髪ボッサボサだ」


緊迫した空気には似つかない明るい声。
ようやく動き出した足が、一歩前へと出た。
明彦はおぼつかない足で、ゆっくりと智草へと近付く。
すると、刈り取る者が動き出した。それを智草が見上げる。


「大丈夫だよ、アキくんは私の大事な人だから」
『……嘘、なんで? また動きが止まって……』
「おいおいおいどーなってんだよ!」


智草の指示の通り、影は静かに腕を下ろす。
明彦の腕が力なく伸び、智草を捕らえた途端に勢いを取り戻した。


「ッ智草……!!」
「あはは、ごめん。心配かけたね」
「っく……馬鹿か、お前は! なんでこんなところに!!!」
「気付いたらここにいたの。というか、誰かに呼ばれた気がして」
「怪我は、ないか? どこか痛いところは? 身体が重かったり頭が痛いとか、」
「平気だよー。この子がいてくれたからピンピンしてる」
「この子って……」


一同の視線が、智草の頭上を見上げた。
変わらず揺らいでいるその畏怖の存在は、何も物言わない。


「は、はは……ウソだろ。まさかコイツが守ったとか……?」
「ばかな…タルタロスにいるシャドウに意志があるというのか? いや、それよりもこれほど強力なシャドウが、なぜ智草を助けたというんだ」
「だから、ここには他の気配がなかった?」


あれだけ自分たちに恐怖を植え付けた強大な相手が、害をなさない。
動揺を隠せずにいると、明彦の腕の中で笑う智草もまたそれを見上げた。


「この子のお陰で、他の変なのから襲われることもないし。むしろ逃げるようにどこかへ行っちゃうんだもの。凄いよね」
「凄いって、お前……何をしたんだ」
「何もしてないよ。ただ、助けてくれただけ。ね?」


智草の声掛けに、鎖が打ち鳴らされる。


「智草……帰ろう」
「うん、皆来てくれありがとう。……君も、守っててくれて本当にありがとうね」


明彦に手を引かれ、智草たちは小型のターミナルへと足を運んだ。
最後、転送される瞬間で再び金属音が響く。

エントランスへ着くと仲間たちが駆け寄ってきた。
すぐに彼らには回復が施される。


「つうか、あの大物を従える智草先輩って何者!?」
「なんで影時間の中でも明瞭に意識があるんでしょう。もしかして適合が…」
「いや、きっと影時間が明ければこのことは忘れているはずだ、彼女に適性はない」
「くそー智草サンがいりゃあ、あの死神も着いてくるってことだろ?惜しいなぁ、アレがいりゃ無用な戦いいらねぇじゃん」


智草はこくりと首をかしげる。変わらず笑顔を浮かべて


「皆の力になってもらうよう、頼んでみよっか?」

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