夜空を見上げて | ナノ

≪xx/xx(x) 愛おしい音色に耳を傾ける≫



携帯が震える。
先程まで使っていたのに、今日は活躍しなくてはいけないらしい。
幾分か容姿の成長した智草はそれを手に取った。


「はい、もしもし」
『――随分な長話だったな…』


声の主は不貞腐れているようだ。
これには謝罪よりも先に笑みが零れる。


『笑うな!』
「ふふ、ごめんごめん。実は美鶴と話していてね」
『想像通りだ。腹が立つな』
「こら、腹立てないで。そういうアキくんこそ、随分ご無沙汰じゃない?」


電話越しに、うっと息の詰まる声が聞こえた。
再び、笑みが出てきてしまう。時々寂しくしていた自分が嘘のようで、心が軽い。


『……すまなかった』
「いいよ。忙しくしているのは前から聞いていたしね」
『その件だが、明日にでも帰国することにした』
「うん」
『驚かないんだな』
「美鶴からちょっとだけ聞いた」
『まったく……アイツも気を遣ってほしいものだな。お前の彼氏は俺だぞ』
「あはは、気を遣って教えてくれたんじゃないかな」


別々の大学へ進学したはずが、明彦は休学と称して修行の旅へ出てしまった。
その間、毎日の連絡が取れるはずもなく寂しい思いをしたものだ。
美鶴も相当多忙な身であるというのに、気にかけてくれた。


『すぐお前に会いに行きたいのは山々なんだが』
「分かってる。やることあるんでしょ?」
『……理解が良すぎるパートナーというのも、存外悲しいものだ』


恐らく、まだ口を尖らせているらしい。
二年経ってもこういうところは変わらない。


「帰ってきたら、たくさん話聞きたいなぁ。海外でのエピソードとか、美味しいものとかでしょ。アキくんの成長譚に…あ、この後美鶴と合流するってことは、アイギスちゃんとも会うんでしょ? アイギスちゃんとは会えてないし、会った時の様子も教えてね!」
『分かった、分かった。一日二日じゃ足りんぞ。休みは取れるんだろうな』
「もうすぐ創立記念日と祝日とで最低三連休は取れるよ。アキくん、それまでに終われる?」
『楽勝だ。ぱっぱと片付けてお前のもとへ帰る』


少しだけ、声が低くなっただろうか。
胸がやけにくすぐったく感じた。


「…うん、待ってる。というか、アキくんと会うんだから大学休もっかなぁ」
『お前の学力は心配していないが、単位は気を付けろよ』
「問題ないんだなぁ、これが」


それから、他愛のない話を挟む。
どうやら明彦のいる場所では昼時のようだが、智草の部屋は既に電気が灯っていた。
遠くから酔っ払いの声が聞こえる。
こちらはまだ明日も早い身だ。


『もうすぐ寝る時間だな…』
「…うん…」


お互い、名残惜しいのは隠せない。
明彦が大学を休学するまでは毎日連絡を取り、休日には会っていたから予定だ。
会えない時間が、どうにも慣れない。


『智草』
「なあに?」
『早くお前の顔を見たいよ』


掠れた声に込められた想いは、胸を破裂させるほどに強烈だ。
口元は緩み切り、気持ちは昂る。


「私も。早く、アキくんにぎゅーってしてほしいなぁ」
『甘え上手になったもんだ』
「きちんと美味しいご飯作っておくから、たくさん甘やかしてね」
『当然だろ。お前が浮気してないかもよーくチェックしてやる』
「それはこっちのセリフだし。……じゃあ」
『ああ、おやすみ』
「うん」


電話を切るのが惜しくて、耳元につけたまま瞼を閉じる。
通話の着れる音がしなくて思わず苦笑した


『…切れよ』
「私から切ったら寂しがるくせに」
『バッ!? そんなわけがあるか!』
「いつも私が切ってるんだから、今日くらいはアキくんがしてくださーい」
『別に電話を切るぐらい普通に……普通に……』


一分、二分がやけに長く感じる。
遠くからのもどかしい唸り声が酷く愛おしい。


「アキくん」
『……どうせ電話も切れない男だと思ってるんだろ』
「思ってはいるけど、そんなアキくんも好きだよ」
『同情はいらん!! ……が、切れないのは事実だ……』
「その後がちょっと寂しくなるもんね」
『切るという単語さえ嫌いになりそうだ。くそっ』


同じ気持ちだと伝えたら、明彦は恥ずかしがってくれるだろうか。
智草はベッドに座って、時計を見上げた。12時をまわろうとしている。


「ねえ、アキくんが良かったらさ……もう少し話しててもいい?」
『俺は構わないが、智草は良いのか。明日も授業あるんだろ』
「うん、でもいいの。アキくんの声……落ち着くから」
『……いつかも聞いた言葉だな』
「そうだっけ?……ふふ、嘘。覚えてる」


忘れるわけがなかった。
当時のことを思い出すと、たった数年前なのにそう感じさせない。


「高校時代がまるで遠い昔見たい」
『俺も……正直そう感じる。だが、濃厚で忘れられない毎日ばかりだ』
「ね、こっち来たらシンちゃんのお墓参りも行きたい」
『ああ。言われなくてもそのつもりだった』
「後、行きたいレストランがあってね。卒業旅行でさ、二人で行った場所の近くで――」


一度は切ろうとしていた電話が、再び花を咲かせる。
数秒、数分と伸びていく会話の中で時だけが過ぎ、次第に身体が限界を告げた。
ベッドに横になればたちまち限界が襲い掛かる。


『智草?……おい、寝たのか』
「……ん、まだ…起きてる……」
『ふ、そんな声で言われてもな。一山片付けばお前に会いに行ける。それまで、もう少し辛抱してくれ』
「…はやく、……きて……」
『ああ。俺も限界だ、早くお前に触れたい。それまで体を休めておけよ』
「んー……あきくん…」


耳元から携帯が離れる。
智草の意識が沈んでいく中で、明彦の柔らかい声だけが鮮明に届いた。


『おやすみ、智草。…愛してる』


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