夜空を見上げて | ナノ

≪03/05(金) 記憶すべき卒業式≫



「アキくーん、おっはよ」
「ああ、おはよう。やけにテンションが高いな。プロテインでも飲み始めたか?」
「そんなわけないでしょ。卒業式で通常のテンションの方が怖いわ」


赤いベストの肩を叩いて、智草はにっこりと微笑む。
手にしていた鞄とは別に紙袋を手にしていた。


「なんだ、その紙袋。結構大きいな」
「実はクッキーを焼いてきたんだぁ! 先にアキくんにあげる」
「……それ、全部か?」
「うん。クラスメイトの仲良い子でしょー、ついでにグッちゃんに、美鶴にも当然あげるんだ! 後はもちろん寮内の後輩たちにー」
「寮って、お前は入っていないだろ」
「何言ってるの。アキくんのトコの…………」


ぴたり、とお互いの指先が静止した。
ゆっくりと顔を見合わせる。


「あれ、えっと……ほら、ゆかりちゃんとか、湊くん、とか……」
「……お前、あいつらとそんなに親しかったか?」
「う、うーん……そうじゃ、なかったっけ……」
「だいたい岳羽ならまだしも、いつから有里のこと名前で呼ぶようになったんだ」
「えぇえ……あー……いつから、だっけ?」


頭をひねる智草に、やれやれと明彦は溜息を吐く。
手にしていた学生服の上着を智草へと投げ捨てた。
慌ててキャッチして非難の声を上げる。


「んもう、何するのさ!」
「精神力が乱れてる証拠だ。少しは落ち着け」
「だからってなんで投げるの!」
「俺の匂いが好きだと散々言っていただろ。これで気持ちでも落ち着かせとけ」
「すっ、好きですけどー!? 普通好きだったら落ち着かないよね、気持ちは!」
「そうか? 俺なら安らげるが。ああ、もちろん興奮も――」
「それ以上言うなら怒る!」
「待て待て、お前に怒られたら適わん!!」


校門で賑やかにしていると、隣を赤い髪が過ぎる。
美鶴だ――智草は咄嗟に口を開いて、ゆっくりと閉ざす。
何となく頭の中がもやもやした。
その間にもすたすたと高貴な背中は、遠くへ消えていってしまった。


「……くそ、なんだこれは。お前が変なこと言うせいだぞ!」
「アキくん?」
「…どうにも前から落ち着かん。何か、大事なことが……抜け落ちているような」
「……私も変だなって思うの」


智草は空を見上げる。
綺麗な晴天。雲一つない。
けれど、とても心は晴れやかになり切れない。
卒業だからだろうか。……何となく、違う気がする。


「このクッキーだってシンちゃんに教えてもらったけど……どうして、教えてもらおうと思ったんだっけ」
「……ええい、考えても仕方がない。予鈴が鳴る。行くぞ、智草」
「う、うん……」


そんな違和感をお互いに抱えたまま結局は卒業式を迎えてしまう。


――そして、思い出す。
突然立ち上がった明彦。壇上から走り去る美鶴。そして寮内にいた後輩たちを、智草は座りながら見送った。
瞼が不思議と熱くなる。

どうして、忘れていたのか。
どうして、なかったことにしてしまったのか。


「シンちゃん……これで全部、終わったのかな」


騒然とする体育館の中で、低く懐かしい声が聴こえてきた気がする。
明彦の身を案じる、優しい不器用な声が。

瞬く間に涙が零れた。誰とも同じ感情ではないのに、誰も涙を疑う者はいない。

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