夜空を見上げて | ナノ

≪パステルカラーのリボン≫



ふと智草は自身の胸元に視線を落とした。
視界には女性特有の豊満な双丘――も、確かに映ってはいる。
けれど、智草が見ているのは決してそれではなかった。


「…………」


そしてゆっくりと顔を上げ、周囲を見渡す。
放課後の教室には生徒はもう数人しかおらず、外からは運動部の掛け声が聞こえている。
智草は再度自分の胸元に視線を落とすと、次は向かいに座っている明彦に移す。
先程から彼女は似たような行動を繰り返していた。


「落ち着かないな」
「んー…」
「どうした」


本を読んでいた彼は顔を上げると、小首を傾げる。
と、智草は「あ…」と小さく呟き指を向けた。


「それ」
「ん?……?」
「それさ、そーれ」
「それって……もしかしてこれのことか?」
「そう、それ」


本を片手に持ちかえ、黒い手袋をはめた彼の指先が制服のリボンを摘んだ。
智草は2,3回小さく頷けば、頬杖をついてそのリボンを見つめる。


「女子はリボンを付ければいいだけじゃない?
でも男子はその細身のリボンを毎回結ばなくちゃいけない」
「まあ、そうだな……それがどうかしたのか?」
「男子のリボン見てるとその人の人柄が分かる気がするの」
「人柄?」
「そう。例えばあそこの入り口にいる…誰だっけ、加藤くん?」
「佐藤だ」
「あぁそうそう佐藤くんね。彼のリボン見てごらん」


言われるがままに彼のリボンを見てみる。
……智草の言わんとしていることがなんとなく分かった。


「ね。結ぶ位置低いし、リボンは斜めってる。
長さが極端に違うから、どうしてもだらしなく見えちゃう」


というか実際、佐藤くんはだらしない。


「……バッサリ言うか、普通」
「でも事実だもの」


こうも遠慮なく言われるとは、可哀想に…と心の中でそっと息を吐く。
智草はまだ言葉を続けた。次の目標は隣に立っている田口らしい。


「それに比べてグッちゃんは綺麗なほう。
ただリボンのねじれが凄いから『あぁ、そこまでなんだな』って感じ」
「…辛辣だな」
「え、そう?」
「聞いてるこっちが可哀想に思えてくるくらいだ」


苦笑して言えば、智草は再度そう?と小首を傾げた。
どうやら無自覚のうちらしい。
明彦は手にしていた本にしおりを挟むとそれを閉じ、鞄へとしまう。
ふと自分のリボンが目に入った。


「その点、アキくんのリボンは凄くきれい」
「…そうか?毎日結んでいれば次第に慣れる」
「それでも加藤くんやグっちゃんみたいな人もいるでしょう?」
「佐藤な。…アイツらは不器用なだけだろ」
「アキくんは器用?」
「…どうだろうな」


リボンについて考えたことなんてなかったな、と明彦はぽつりと零す。
智草は暫く明彦のリボンを見つめていると、何を持ったのか身を乗り出してそっと手を伸ばした。


「オイ、何を……?!」
「……ん」


智草はリボンの端を摘むと勢いよく引っ張る。
見事にするりとそれは解け、首から紐がぶら下がっている状態になった。

薄らと笑みを浮かべながら、智草は短く言葉にならない声を出す。
直接的に何かを発言したわけではないが、それが何を意味しているのか察した明彦は溜め息を吐いた。


「あのなぁ…」
「いいじゃん、見られて困るものでもないんだしね」
「まったく……」


彼女がこれを見ることで何か利益でもあるのだろうか、と疑問を覚えながらも、明彦は毎朝やっているようにリボンを素早く結んで見せた。
形を整えてこれでいいかと手を降ろす。


「満足か?」
「うん、とても。結び方も素早い上に丁寧だし、さすがアキくん!」
「こんなの見て何が楽しいんだか…」


けれどこういう彼女の表情を見るのは悪くない。
明彦はふっと笑みをこぼした。
と、音楽が流れる。


「あ、もうこんな時間」
「帰り道にでも、夕飯済ますか?」
「そうだね、それじゃ海牛行きますかー!」


立ち上がって身体を伸ばす智草を見て、明彦もまた身支度を済ませた。
先程鞄にしまった本が目に入る。
そういえばまったく読み進められなかった。


「アキくん、早く!」
「分かってる」


寮に戻ってからでも、ゆっくりと読むか。

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