夜空を見上げて | ナノ

≪01/01(金) 信念の希望を抱く≫



新しい年がやってきた。
去年は、考えると尽きないほど、さまざまな出来事があった。
悲しいことばかりが目立ってしまうが、それでも確かな希望も見出せていて……。


「明けましておめでとう!」
「おめでとうございます!」
「よっしゃ! 待ってましたぁ、智草サンの手料理!!」
「俺より先に手を付けるな、順平!!」


賑やかな声がラウンジに響く。
智草は、ゆかりから渡されたお茶を飲んでほっこりと息を吐いた。


「にしても智草先輩。わざわざ元旦に届けに来なくたって良かったんじゃないですか?」
「そうですよ。ご家族と過ごされなくても良いんですか?」
「ん? 平気だよ。二人は仲良く初詣に行くんだって。私はお邪魔だから、ここに逃げてきたみたいなものだし」


元旦、昼過ぎに智草は分寮へと訪れていた。
その手には風呂敷を抱え、テーブルに広げると色鮮やかなおせち料理が輝く。


「それに皆に食べてもらわないと、シンちゃんからコツコツ教わってた意味ないもんね!」
「荒垣先輩っておせち料理も作れたんだ……」
「凄すぎない? 教わって作れる智草先輩も凄いけどさ」
「この料理には、それぞれの食材に意味が込められていると聞きました」
「ワフッ! ワンワン!」
「コロマルにはこっちだってさ。良かったな」


家の分も母親と一緒に作ったのだが、いつの間にか親よりも手際が良くなってしまった。

これも真次郎のお陰である。
例え亡くなっても、その思いも、レシピも、引き継げていることが智草には嬉しかった。
そして、約束通り寮の皆に提供できたことも。

本当は、真次郎を巻き込んで一緒に作ろうとしていたから、予想よりも遥かに時間はかかったけれど。


「エビぷりっぷりぃ……!」
「栗きんとんが美味しいです! この甘さ、僕好みだなぁ……」
「このぶつぶつはなんでしょうか?」


喜んでもらえることが、新年早々のご褒美だった。


「けど意外ッス。智草サン、真田サンと初詣行くと思ってたんで」
「アキくん、ゲン担ぎ嫌いでしょ? 毎年別の友だちと行ってるの」
「へぇ〜、せっかくだから智草先輩の着物姿見たかったなぁ」
「皆は着たんだってね。美鶴から聞いたよ」


美鶴から誘いは来ていたが、先客がいたために断ってしまったのだ。
とはいえ、皆の着物姿を見たかったのは事実。
写真だけでも撮っておくようお願いをすればよかった、と智草が和んでいた時だった。


「真田サンてば、デレッデレでしたよ!」
「バッ!? 順平……!」


冷たい瞳が突き刺さる。


「……へぇ、気遣った私が馬鹿みたい。来年はグッちゃん誘うわ」
「待て、智草! 違う、誤解だ……!」
「ふふ。早くも私の元へ来るか、智草」
「そーしよっかなぁ」
「美鶴も余計なこと言うな! クソ、順平覚えていろよ…!」
「なーんか、智草先輩の前じゃ真田先輩も形無しって感じだね」
「お二人の関係性、ちょっと羨ましいです」


今年は何を願ったとか。何をしたいだとか。
学校始まるのが嫌だとか。試験が無くなればいいのにだとか。
そんな、他愛のない話で盛り上がる。

作っておいたおせちは思いのほかぐんぐんと吸収されてしまった。
あっという間に空になった重箱を片付けようとしたが、後輩たちに止められる。
せめてこれだけはさせてくれ、と結局智草は明彦に部屋へと赴いていた。


「なんか物増えた……?」
「参考書か?」
「それもだけど、トレーニング用品。あったっけ、こんなの」
「前に壊れたから買い換えたんだ」


ふぅん、と智草は明彦の部屋を見渡す。
思えば3年目になって初めて訪れたかもしれない。
探索と称して何度か美鶴や真次郎、明彦の部屋を訪れたが、それがずいぶん昔のことのように思えた。


「智草、こっちにこい」
「ん」


一人部屋に椅子が二つあるわけもなく。
壁際に置かれたベッド、智草は明彦の隣へと腰を下ろした。


「料理旨かった。新年早々、お前の手作りを食べれるとはな」
「美鶴には事前に言ってたんだけどね。やっぱりサプライズの方が喜ぶかなって」
「俺にくらい教えてくれても良いだろ」
「アキくんに一番喜んでほしかったんだもん」


そう伝えれば、明彦の頬は微かに赤くなる。
恥ずかしがるようなことを今までしてきたとしても、こういうところで視線を逸らすのだから、愛らしい。
智草はくすくすと笑みをこぼして、顔を近づけた。


「嬉しかった?」
「……うるさい。一々聞くな」
「ふふ、私に黙って美鶴たちの着物姿拝んだ罰でーす」
「言っとくがデレデレはしていないからな!? ただ、普段見慣れない姿だから」
「うんうん、分かってる分かってる」
「分かっていないだろ!」


思えば、恋人という関係になっても揶揄われてばかりだ。と明彦は内心息を吐く。
真次郎の言葉もついでに脳裏に過ぎり、友は彼女の気持ちも自分の気持ちも知っていたんだと、容易に想像がついた。
彼の言葉からしても、結局智草の方が立場は上らしい。

負けた気がした。
理由はどうであれ、勝負には勝ちたい真田である。
目の前で相変わらず笑う智草の後頭部を引き寄せ、吸いつくように唇を奪う。


「っん……」


触れるだけではなく、早急に舌を伸ばせば途端智草の頬が熟れる。
この表情が好きだった。


「アキくん……!」
「岳羽たちは福袋を買いに行くそうだ。男子は荷物持ち。天田はコロマルと神社へ散歩だとさ。ついでに夕飯もあいつら外で食うそうだ」
「……うぁ…」


その言葉の意味を察して、智草は口を噤む。
あんな明るい後輩たちに根回しされたことを察し、じわじわと気まずさと羞恥が襲ってくる。


「意味、分かるだろ?」
「アキくん、意地が悪くなった……!!」
「いつまでも主導権を握れると思うなよ」


シーツに身が沈む。
明るい陽射しから目を背けるように、それでも智草は腕を伸ばして瞼を閉じた。

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