夜空を見上げて | ナノ

≪12/10(木) 差し迫っている運命≫



明彦が可笑しい。明彦だけではない、美鶴もだ。
いつもよりも深刻に考え込んでいて声を掛けても反応が鈍い。
何故か綾時はまた転校するという話題が出ているし、アイギスに至っては体調不良で欠席中だ。

また何かが失われたのだろうか。
けれどそれを知る術などなくて、心が悲鳴を上げた。


「アキくん」
「…智草か。悪いな、今日は」
「うん、今日は私に付き合って」
「お、おい!?」


歯がゆい。
智草は、明彦の手を取って駆け出した。
振りほどけるはずなのに手は繋がれたままだ。
別に何処を目指しているわけでもないが、智草はふと足を止める。


「おばさーん。たこ焼きと、あと焼きそばも!」
「はいよー!」
「智草、今は別に腹が空いているわけじゃないんだが」
「はい、これ持って」


明彦に買ったものを持たせ、智草は再びを歩進めた。
繋ぎなおした手に力を入れて、長鳴神社の隅へと行く。
あの夜、明彦から想いを告げられたベンチに腰を下ろした。


「あーさすがに寒い……。こういう時に温かいものは心休まるね」
「……そうだな」
「はい、火傷しないように」


明彦へと箸を手渡すと、ゆっくりとその手が動いた。
大きな口の中に収められたたこ焼きは、静かに喉へ通過したらしい。
智草はそれを見届けて、同じように口の中へと含んだ。

出来立ては熱く、慌てて蒸気を逃がす。
白い吐息が宙へ舞った。
そうやって静かに、箸を動かす。


「お前は、この世がもうすぐ終わるとしたらどうする」


静かな空間に、明彦の声はよく届く。


「それは、決まっていることなの?」
「ああ、逃げられない。それも、すぐ目前に迫ってきているとしたら」
「……うーん、諦めたくないなぁ……」
「俺だってそうさ。だが回避する手段はない。時間だけが迫って来やがる」


智草は空を仰ぐ。
考えて、考えて……それでも、答えは思い浮かばない。
手元の湯気が思考を乱すように揺れ動く。


「いや、気にしないでくれ。すまない。変な夢を見たんだ、そのせいで」
「アキくん」
「……」
「考えよう。私も一緒に考えるから」
「……すまない」


智草の肩口に、重みが加わった。
手にしていたたこ焼きを反対側に置き、智草はその頭に手を添える。
ゆっくりと、前後に撫でた。


「俺は、逃げたくない。逃げるつもりはないんだ」
「うん。アキくんはそういう人だからね」
「だが、どうすればいいのか……正直分からない」


何度か、深呼吸をしている。
明彦も混乱しているのだろう。
恐らく美鶴も今、同じように悩んでいる。


「死ぬのだと、それは避けられないのだと言われて、シンジはどう考えるだろうな」
「少なくとも、アキくんと同じように逃げる道は選ばないよね」
「ああ……。俺もそう思う」


撫でる手が止まると、明彦は顔を上げた。
智草は、天を見上げたままだ。
ぼうっとただ、何も言わず。
そんな彼女の横顔を見つめていると、ふと気づいたのか視線が合う。


「アキくんは、噂好きじゃないよね」
「ん? そうだが……」
「それって、誰かが言っているだけで、嘘か本当かも分からないからじゃない? あの人はこうだーとか決めつけたりするのは、特にそう」


いつものように、智草はにっこりと微笑んだ。


「世界が終わる。避けられない。それは、その人が言っているだけで、もしかしたら避けられる道があるかも」
「……だが……」
「誰が言おうと、私は他に道があるんじゃないかって、期待しちゃうなぁ」


再び夜空を見上げる。
今日はあまり星が見えない。少し寂しいが、そんな夜も良いものだと思った。
隣に、好きな人がいるからかもしれないが。


「まあ、神さまに言われたら悩むけど……でも、世の中に“絶対”はない気がする。……なんて、結構“絶対”って言葉私は使うんだけどね!」
「お前らしいな……」
「ただ都合良くとりたいだけだよ。だって、アキくんは“絶対”告白するタイプだと思ってなかったし」
「なッ……!?」
「というか、恋愛という感情に目覚めるとも思ってなかった」
「お、お前な!!」
「でも、今は違う」


手袋に収められた掌を握る。
以前よりも、何となく大きくなった気がする。


「アキくんは私の隣にこうしていてくれる。“絶対”なんて、ないでしょ?」
「……お前には、参るよ」
「あはは、楽観的なだけだよ。……あ〜寒い。焼きそば冷めちゃった!」
「冷めた麺も旨いだろ。ほら、俺に寄越せ」
「あ、お腹空いてないって言ったのに!」
「今空いたんだ。いいだろ、別に」
「んもー……しょうがないなぁ」


肩を寄せ合う。
湯気が視界を覆うことはなく、夜空の隅で星が煌いた。

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