夜空を見上げて | ナノ

≪11/20(金) 修学旅行3≫



修学旅行最終日。
夕方の新幹線で京都を後にすることになっており、駅までは徒歩で自由行動。
……なのだが。


「……」
「……」


男性陣はとぼとぼと後ろから着いてきており、口を開かない。
智草にはその後何が起こったのかは分からないが、どうやら相当キツイお仕置きを受けたらしい。
流石に可哀そうだと声を掛けようとすれば


「智草」
「……でもさぁ、美鶴……」
「甘やかしてみろ、すぐにつけ上がるぞ。今日は猛省させとけ」
「…うーん」


引き留められた。
時々視線が合う明彦の瞳に、少し心が揺らぎそうであった。
だが、確かにあの湯の中でも視線が交わったのだ。
つまりそれは――そういうことである。
初めてではないにしても、羞恥という言葉では片づけられない感情は確かにあった。

巌戸台駅に着く頃には電灯が道を照らす時間帯だった。
各々親が迎えに来ていたり、寮へのバスが出ていたりしている中で、美鶴が声を掛ける。


「智草、君のご両親は迎えに来ていないのか」
「もう寝てるよ。無気力症治ってから体力も落ちたみたいで、夜寝るの早いんだよね」
「なら送らせよう。すぐに車を手配する」
「ううん、平気。歩いて帰れる距離だしね。それより、美鶴はしっかり皆を見張っておかないと」
「そうか……。……オイ、明彦」
「ッ!? なっ、なんだ!?」


明彦の怯えように、智草は苦笑してしまう。
元々美鶴の気強さに圧されているところはあるが、これでは完全に尻に引かれている状態だ。


「私には全員を寮まで無事送るという役目がある。だが、智草を一人帰すのは不安極まりない。あまりにも仕方がない事態だ……お前が送ってやれ」
「!」


明彦の顔が明るくなった途端に、鋭い眼光が突き刺さる。


「絶対に、指一本、髪の毛一本たりとも触れないと誓え!!」
「うッ……わ、分かった……」
「美鶴、そこまで言わなくても……」
「智草は甘い!!」
「ご、ごめん……」


誰も、美鶴には勝てなかった。

ゆかりと風花の驚愕と同情の瞳に見送られ、智草は明彦と共にモノレールへと乗る。
その間、律儀にも明彦は普段よりも距離を置いて歩いていた。
駅から家まではそう遠くはない。不思議と人は少なかった。


「な、なあ……やっぱり、怒ってる、よな……」
「うーん……」


怒っている、というか呆れているのだが。
けれど美鶴に強く甘いと言われてしまい、正直に答えるのをためらうと、明彦はガックシと頭を垂れた。


「……言い訳になってしまうだろうが、これだけは言わせてくれ! 主犯は順平と望月だ。そして俺は巻き込まれた、被害者だ。つまり、あれは故意じゃない。お願いだ、お前だけは信じてくれ……」


疑ってはいない。
明彦の性格上覗きをするとは考えにくいし、そもそもリスクの方が大きい。
現に美鶴に見つかり、心身ともにどうやら大打撃を受けているようだ。
これが見越せない明彦ではないだろう。

それに、あの場に湊もいた。
彼の性格的にも望んで行ったわけではないだろう。


「大方、そうじゃないかとは思ってたけど」
「智草……!!」


それはまるで、救われた子犬のような目の輝きで。
智草はうっと口を噤む。


「でも、覗きをして女の子の姿を見たのは事実だし」
「ま、待ってくれ! 俺は他の女の裸なんて見ていないぞ!?」
「他の女の裸……」
「や…………!」


つまりやはり、見ていたのだ。
そりゃあ、あれだけしっかりと目が合ってしまえば当然なのだが。


「……まあ、別にアキくんに見られても、今更減るもんじゃないけど」
「うっ……ほ、他の奴らにも、見られてないからな!? そこはきちんと確認を取って!」
「……」
「……すまん」


智草は大きくため息を吐いた。
反射的にぴくりと身を震わせた明彦が、高名なボクサーだとは誰も想像しえないだろう。

そこからは双方無言で、あっという間に智草の家の前まで辿り着いた。
明彦は先程からちらちらとこちらの様子を窺っている。
幼子のような仕草に、智草は結局自分の甘さを認識してしまった。


「アキくん」
「なっ、なん――ッ……!?」
「……修学旅行、楽しかったね」


触れた頬は熱く、きっと自分の頬も同様に熱を帯びているのだろう。
背伸びをして口付けた相手の唇は、微かに震えている。


「な、なな、な……!?」
「触れちゃダメなのはアキくんだから、私からなら良いよね」
「智草っ!!」
「でも! 次似たようなことあったら、美鶴のところに匿ってもらうから!!」
「ハイ……」


にっこりと微笑んで、智草は身を離した。
自分からしたことは何度かあるが、やはり恥ずかしい。


「送ってくれてありがとう。おやすみなさい」
「ま、待ってくれ!」
「ん?」


明彦が、手にしていた紙袋を差し出した。
何が入っているのだろうと思っていたが、まさかプレゼントだったらしい。


「これ……」
「その、今度は二人で旅行に行きたいな……」
「……うん、今から楽しみだね。あのね、私からもあるんだ」


まさか今日のうちに渡せるとは思っていなかったのだが。
鞄の中から取り出して、そのまま手渡す。


「これは……お守りか」
「アキくんが神頼みあまり好きじゃないのは知ってるけど、縁結びくらいいいでしょ?」
「あ、ああ……ありがとう、大切にする」
「うん。じゃあ、今度こそおやすみなさい」
「ああ、おやすみ」


玄関へ入って、智草は紙袋へと目を落とした。
また親へ気遣ってくれたのだろう。生八つ橋の包装紙が見える。
そして一番驚いたのは


「……なんで、木刀?」


男子たちが喜んで買っていたのだが、まさか自分が貰うとは予想もしていなかった。
これは、……鍛えろということなのだろうか。

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