夜空を見上げて | ナノ

≪11/18(水) 修学旅行1≫



修学旅行の初日はほぼ移動で終わった。
旅館に着いたのは夜になってからで、雑談を楽しむ暇もなく夜は明けていく。

二日目の今日は歴史の名所巡りらしい。
事前に作っていた班ごとに交流をするのだが、智草は真田とゆかりに誘われて分寮組と同行することになっていた。
他にも一人、寮外の生徒がいると聞いてはいたのだが。


「いやぁ、それにしてもお美しい! 智草さんと仰るのですね」
「望月綾時くんだよね。昨日は全然話せなくてごめんね」
「綾時と呼んでください! それにしても智草さんが名前を覚えていてくださるなんて……これは運命! 良ければ今度、食事を一緒に――」
「俺の目の前で堂々と良いご身分だな。殴られたいのか」
「……もう、ご予約済みでしたか……」


噂通りだった。
智草は苦笑いを浮かべながら拳を握る明彦の肩を軽く叩く。
悪い子みたいではないし、少し順平に似ていると思った。


「綾時くんのコミュニケーション能力なら知り合いたくさん出来そうだけど、困ったことあったら言ってね」
「まさに! 今!! 二人で夜空を見上げるお相手が欲しいのですが! 智草さんのイメージにピッタリな美しい夜景が見える丘を知っていまして――」
「それも予約済みだ。そろそろ黙っていないぞ、望月」
「うぐ……手ごわい……!」


笑いながら、ふと視線は同じ女性陣へと向く。
彼女たちの中心には美鶴がいた。表情は、硬い。


「……良いのか、声を掛けなくて」
「うん、後で話せるしね。それに、美鶴を気にかけているのは私だけじゃないみたいだし」
「あ、あれ? 無視……?」


美鶴の背中を見つめるゆかりが、目に映る。
孤独だった彼女は、気が付けばよい後輩たちに恵まれているようだった。


「智草? どうした」
「なんか……ちょっと寂しいかも」
「なに?」
「美鶴のこと一番大好きなのは私だって自負あるけど、後輩に捕られちゃったみたいで寂しい。……なぁんて、大人げないね」
「バカだな、お前は。美鶴が一番好きな友人はお前だろ。知らんだろうが……あれだけ惚れこまれて、大変なくらいだ」


首をかしげる。
大変なことなど一度もなかったのだが……どうやら明彦には思い当たる節があるらしい。
遠い目をしている。


「アキくんにも惚れこまれちゃってるもんね」
「ッ……分かってるなら結構だ。ほら、そろそろ部屋へ戻れ。怒られるぞ」
「うん。あ、明日も一緒に回ろうね」
「当然だろ」


明彦に背中を押されて、充てられた部屋へと向かった。
道中美鶴と目があり、軽く手を振ると気まずそうに視線を落とされてしまう。

やはり、傷は根深いらしい。
せめて今回の修学旅行で少しでも息抜きが出来ればと思ったのだが、どうしたものか。
夕暮れ時になって美鶴が部屋を出たが、これを追いかけることはしなかった。


――翌朝
緩やかな波によって意識が浮上していく。


「智草、起きているか」
「んんー……ごはん、まだできてないよぉ……」
「ふっ……それはまた今度にしてくれ」
「……ん? ……美鶴……?」
「ああ、私だ。おはよう」


目を覚ますと、いつも通りの美鶴がいた。
いつものようにしっかりと目を合わせ、いつものように柔らかく微笑む姿。

智草はぽかんと口を開ける。そして、次第に口元が緩んでいく。
同時に、両の手を伸ばしてこちらを覗き込む美鶴を抱き寄せた。


「わっ!? な、なんだ…!?」
「おはようっ、美鶴!!」


何が原因かなんてわからないが、どうやら美鶴は立て直したらしい。
それだけが良く理解できた。
喜びに一瞬で睡魔が吹っ飛ぶ。
柔らかい髪に顔を埋めて隠しても、顔中がにやけて仕方がない。


「少し、話をしないか」
「うんっいいよ! ちょっとくらい平気だよね」


辺りを見回せば、まだ皆は寝ていた。どうやら早い時間らしい。
申し訳なさそうにする美鶴に、智草は首を勢い良く横に振った。

そして二人で、旅館の庭先に出る。
大きな池が、朝日で煌いていた。


「……心配をかけて、すまなかった」
「ううん、何か吹っ切れたんだね」
「……ずっと私は、お父様のために動いてきた。それが生きがいだったんだ。だからこそ……お父様を亡くして、道筋を失ってしまった」


空を見上げる美鶴が、酷く美しく見えた。けれど、切なく映らない。
きっと昨日までなら、心配で抱き留めたいほど儚いものだっただろう。
けれど、今は違う。清々しい顔つきに、こちらまで心地良くなる気がした。


「ゆかりに、叱られてしまってな。ようやく目が覚めたよ。これから私はお父様の遺志を継ぎ、前へ進み続ける」


強い覚悟を感じる横顔は、あの時の明彦と同じだった。
また少しだけ、遠のいていくような気さえするほどの覚悟を感じさせる。


「智草、君には感謝してもしつくせないな」
「私は何もしていないよ。美鶴が自分で気付いて、向き合っただけだよ」
「いや、……君が毎日声を掛けてくれなければ、どん底に落ちていただろう。君が、私は独りではないと言ってくれたから。全力で私を助けてくれると言ったから……決意出来たんだ」


向き合うその瞳は、些か揺れていた。
いつだって気丈に振舞う美鶴は、一体どこで弱音を吐けばよかったのだろうか。
智草は、美鶴の手を優しく両手で握りしめる。
少し硬い皮膚は、決して部活動だけで生まれたものではないだろう。


「美鶴は、私の大事な人なんだから。当然だよ」
「ああ。私も智草ほど信頼している友はいない。明彦にはやはり勿体ないくらいだ」
「あはは、喧嘩したら美鶴のところで匿ってね」
「当然だろう! その時にはしっかりと灸を据えてやるから、いつでも頼ってくれ」


きっと今頃くしゃみでもしているのだろうな。
智草は可笑しくなって笑う。


「……また、私に料理を作ってくれるか」
「もちろん! シンちゃん直伝のレシピあるからね。今度は美鶴も一緒に作るんだよ?」
「私がか? ……ああ、手ほどき頼む」


少し、館内が賑わってきた。恐らく起床時間になったのだろう。
他の人たちを心配させるわけには行かないから戻ろうと、美鶴の手を離して歩き出す。
扉に手を掛けた時、ふと声が掛かった。


「智草!」
「ん? なあにー?」
「私にとっても、君は大好きでかけがえのない親友だ! 忘れないでくれ!」
「……うんっ!」


大好きな人が笑っている。
それだけが、ただ嬉しい。

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