夜空を見上げて | ナノ

≪11/05(木) 悲報と嘆きは止まらない≫



幸せの渦の中にいても、それを嘲笑うように頭を殴る存在は居る。
智草は明彦を見つけると、すぐさま飛びついた。


「アキくん! み、美鶴は……!?」
「休みだ。今朝から宗家に行っている」
「様子は……どうだった?」
「酷い落ち込みようだな。……正直、戻ってきても立ち直っているかは」
「……」


美鶴の父親が、病死した。
今朝のニュースは専らそればかりだ。校内も騒がしく話題はほぼ一色だった。

智草は直接美鶴の父親に会ったことはないが、話を本人からは聞いている。
いかに美鶴が、父親を慕っているのかは十分に伝わってきていた。


「…大丈夫かな…。ううん、大丈夫なわけないよね」
「今は戻ってくるのを待つしかないだろ。その時に考えるしかない」
「……帰ってきたら、教えてほしい」
「ああ、分かってる」


親を亡くした相手に、他人が出来ることなど限られている。
けれど、真次郎を失ったばかりの美鶴には背負いきれない重みだろう。

智草は瞼を伏せた。
また一人、大事な人が離れていく気がする。


「智草、」
「私の心配は後でも平気だよ。今は美鶴が」
「ばかだな、お前は。泣きそうな顔してる奴の言うことか。俺がお前を心配しないで、どうする」
「……ごめん。アキくんだってしんどいはずなのに」
「ああ、しんどいさ。だから、お前は……変わらず傍にいてくれ」
「…うん……」


真次郎の死を知ったときだって心は叫びを上げたが、明彦からの言葉が自分を早期に立ち直らせたのだ。

だが、今の美鶴はどうなのだろうか。
宗家に行ったということは、恐らく一人孤独に頑張らざるを得ない状況のはずだ。
それに明彦の様子も可笑しい。何かもどかしさを抱えて、苛立っているようにも映った。

――美鶴が帰寮したと連絡を受けたのは、10日の夜だった。
案の定塞ぎ込んでいるらしい。翌日すぐに会いに行ったが捕まえることは出来なかった。


「篠原先輩!?」
「ワンワンッ!!」
「どーしたんスか、こんな遅くに!」
「久しぶり。あ、皆ご飯食べた? これお土産ね」


明彦と共に分寮へ赴くと、後輩たちの視線を浴びる。
智草は軽く手を振ってお土産だと包みを広げた。
タッパには数種類のおかずが詰められている。数日日持ちするものばかりだ。


「わ、ありがとうございます! 美味しそう!」
「うん、是非食べて。……?」
「美鶴は部屋に籠っている。場所は分かるな」
「うん、ありがとう。行ってくるね」


一番に食いついてくると思っていた順平が、やけに静かである。
智草は小首を傾げるが、そのまま階段を一人昇って行った。
静かすぎる廊下。少しばかり冷気が入り込んできて足元が冷える。


「……美鶴」


ドア越しに声を掛けると、微かながら衣類の擦れる音が聞こえた。
どうやら起きているらしい。
智草は、もう一つ持っていた包みを邪魔にならないように置く。


「実はご飯作ってきたの。まともに食べれてないんじゃないかと思って」


傍に、水筒も置いた。
美鶴がいつも飲んでいる高級な紅茶にはほぼ遠く及ばないが、暖かいものを飲めば気持ちも少し楽になるだろうと。


「前に褒めてくれたおにぎりがメインね。具材は変えてあるから、当ててみて」


少しだけ、ベッドが軋む音が聞こえた気がする。
智草は扉に掌を当てて、そっと声を掛けた。


「無理しなくていいよ。また今度顔合わせた時にお話しよう。たくさん、伝えたことあるの。今は美味しいもの食べて、暖かいもの飲んで、ゆっくり休んで」


返事はこないが、それでいい。
智草は瞼を伏せた。


「私にとって美鶴は、大好きなかけがえのない親友だよ。出来ることは限られているけど、いつだって助けになるから。何もなくたって呼んで。
全部放り投げて、美鶴を助けに行く。美鶴は独りじゃないから。それだけは分かってね」


また学校で。
それだけを告げて、智草は階段を下った。
ゆっくりと扉が開かれる音が聞こえても、振り向くことはしなかった。

ラウンジに下りると、皆が早速おかずをつまんでいる。
心配そうな表情ばかりを受けて智草は苦笑した。


「そんな顔でご飯食べたら美味しくなくなるでしょ? 美鶴ならきっと、大丈夫。それより、キッチン借りてもいい?お茶淹れたくて」
「あ、それなら私が淹れてきます!」
「いいのいいの。お節介な先輩にやらせてちょうだい」


キッチンは相変わらず綺麗だ。
ほんの少しだけ、真次郎の置いていった調味料が減っている気がした。
誰かの頑張りに、思わず笑みが零れる。


「あ、あの、智草サン……」
「順平くん? もしかして待ちきれなくなっちゃった?」
「あ、いや……実は、聞きてェこと……あるンすけど」
「うん、何だろう?」


いつもは地面を蹴る勢いで明るいというのに、一体どうしたのか。
智草は手を止めて向かい合った。


「……た、例えばなんスけど! 友だちの見舞いに行ったのにもう来るなって断られちまった時って……どうします?」


例えにしてはリアルだ。
智草は暫し考えて、自分の親や明彦、美鶴だったらとあてはめた。
考えなくても、答えは明白だ。


「通い続けるよ?」
「え、め、迷惑とか言われてもっすか!?」
「うん。だって、行かなくなったら一人になっちゃうじゃない」
「……一人……」
「病院にいるってことは、一番辛いのはその人自身でしょ? 耐えられない思いを抱えて、それでも発散できなくて……それって苦しいよね。きっと、来てくれた人にそんな感情をブツけて傷つけるのが怖いから、そう言っちゃうんじゃないかな」


順平は何やら考え込んでいる。
どうやら、深い悩みがあってこれが彼に本来の明るさを失わさせているらしい。
智草はにっこりと笑った。


「順平くん、その人のことが大好きなんだね」
「へッ!?」
「真剣に悩んでもらえるなんて、その人は果報者だよ。話なんてしなくていいの、ただ挨拶して笑いかけてあげるだけで良いんじゃないかな。諦めないで、もう少し頑張ってみるのはどう?」
「諦めずに……。そ、そうッスよね! 諦めない男、伊織順平! もうちっと頑張ってみるッス!!」
「うんうん、頑張れ!」
「あざす!!」


駆け戻っていく足取りは軽快だ。
やはり彼はこうでなくては、と智草は止めていた手を動かし、お茶を淹れた。

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