夜空を見上げて | ナノ

≪10/17(土) 胸に抱く幸福≫



中間試験が終わった。
智草はHRが終わり大きく身体を伸ばす。
上々の出来だったと満足げに頷き、時計を見上げた。

横に、明彦が立つ。
既に上着と鞄を肩に担いでいた。


「今日も病院行くんだろ」
「そうだけど、アキくんトレーニングはいいの?  もう平気だよ?」
「馬鹿を言うな。お前を一人に出来るか」
「えぇ〜? アキくんが一緒に居たいだけだったりして〜?」
「なッ……!?」


ベストと同様に真っ赤に染め上がるさまが面白く、智草はくすくすと笑う。
明彦は「行くぞ!」と声高らかに歩き出してしまった。

廊下の奥で美鶴と目が合い、手だけを振る。
彼女は困ったように笑いながら見送ってくれた。


「二人とも、明後日には退院できるって!」
「そうか! 良かったな」
「うん! 料理の腕もおかげさまで磨けたし、二人に作ってあげるんだ」


病院から出て、いつものように帰路を共にする。
明彦たちの分寮で食事を振舞った時、許しを得て調味料をいくつか貰った。
早速その子たちの出番だと、智草は今からワクワクしていた。

家につき、いつものように明彦はソファへ座る。
その間に智草は夕飯の支度をしていた。
父親の無気力症が明彦たちに発覚してから、ルーティンは変わらない。


「今日は少し時間かかるけど」
「そうか、なら少し走ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」


こんなやりとりも、もう少しで終わるのだ。
智草はどこか寂しくもあった。
親が戻ってくるのは嬉しい、父親の荒れ具合もすっかり良くなった。
バイトも頻度を減らし、こうして時間もまた作れるようになった。

近頃の彼はいつにもまして燃えている。
トレーニングも勉学も欠かさず、まるで何か大事な試合が控えているかのような闘志に。
当然、ワケを聞くわけにはいかない。それでも彼が近くにいてくれるなら甘んじて受けようと思っていた。
けれど、もうその時間も減るのだ。


「お、良い匂いだな」
「おかえりー。手洗いうがいはしっかりしてね」
「分かってる。そうだ、帰りにケーキを買ってきた。お前好きだろ」
「え、アキくん何時からそんな気遣い出来るようになったの!?」
「お前な……!!」


明彦との時間は、いつだって楽しい。
こうして夕食を取った後に帰ってしまうのが、惜しいほど。


「な、なあ智草……」
「なあに?」
「少し、外を歩かないか」
「今から? いいけど」
「試験が終わったら話したいことがあると言っただろ…」
「ああ、そうだったね。どこ行きたいの?」
「…どこでもいいさ」
「え?」


明彦に連れられて、長鳴神社へと歩を進めた。
何度か見上げたことのある夜空は今日も綺麗だ。


「そう言えば、去年アキくんと美鶴が迎えに来てくれたことあったね」
「夜中まで一人で夜空見上げている女が寝こけないようにな。まったく」
「今日はあの時程ではないけど……うん、綺麗」


静かな神社には、虫の鳴き声すら届かない。
二人でベンチに座り、ただただ見上げた。
明彦の付き合ってほしい場所とはここだったのだろうか。

問おうとした時、彼と視線が絡み合う。
何時から見られていたのか。途端、何故か心臓が飛び跳ねた。


「お前と出会って2年半以上か……。あっという間だ」
「…アキくん……」


その瞳がやけに力強く、何故か熱を帯びているように見えた。
いつもとはどこかが違う。
智草は逃げるように視線を落とした。


「なあ、お前は何度も俺に声を掛けて笑いかけてくれたな。俺はそれに支えられてきたよ」
「そんなこと……。突然どうしたの?」
「今こうして、お前と一緒に居られることがどれほど嬉しいか……分かるか」
「え、ええっと……」


落とした先にある手に、見慣れた手袋が重なった。
今までだって手を重ねたことはあるのに、不思議とじわじわ熱が帯びていく。
それは掌から腕、胸の奥まで広がっていった。


「お前が、好きだ」


短い言葉に、呼吸が止まる。


「ずっと前からそうだったんだろうな。お前が傍にいることが当たり前すぎて、気付こうともしてこなかった……」
「あ、アキくん……?」
「お前を守ると言っておきながら、情けないことに、俺の器量では出来ないとどこかで決めつけていたんだ。だから踏み出せずにいた。……だが、もうそうやって誤魔化すのは終わりだ」


顔を上げると、思いのほか近くに真剣なまなざしがあった。
自分から近づくことはしても、明彦からそうされたことはなかった。
だからこそ、いや想いを聞いたからこそ身が震える。


「お前が欲しい。他の誰かの手に渡るなんて冗談じゃない」
「……」
「智草、好きだ……」
「っあ、あ……アキくん……えっと、……冗談だったり」
「こんな冗談いう男がどこにいるんだ」
「だよね……」


指が、絡んだ。
手袋をしているのに明彦の体温が伝わってくる。


「なあ、お前にとって俺はただの“大好きな友だち”か」
「っそんなわけ、ないじゃん……ばか……」


どれだけ自分が想いを寄せてきたか、きっとこの男には分からないだろう。


「猛烈に鈍いアキくんからこんなこと言われる日が来るなんて、思いもよらなかった」
「だ、誰が鈍いって!?」
「分かってるくせに一々反論しないでくださーい」
「っくそ……!」


智草は立ちあがる。
繋がったままの手を引っ張るのはあの夏の日以来だろうか。
向き合って、智草ははにかみながら明彦を見上げた。


「あのね、私の方がずっと前から好きだったんだから」
「……ああ」
「一生友だち止まりかと思ってた」
「悪かったよ。俺が鈍かった」
「あ、認めた。……アキくんが傍にいて嬉しいのは、私の方。大好き……」
「智草…」


とん、とベストに顔を埋めると、後頭部に優しい温もりが届いた。
あの時よりも満たされた心が擽ったい。


「なあ、触れても良いか……」
「うん……」


手袋越しの手が、頬を撫でる。
智草は眉を下げて恥ずかしそうにしながらも、期待するように明彦を見上げた。

そっと、夜空の下で影が重なる。

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