夜空を見上げて | ナノ

≪10/12(月) 来訪者の晩餐会≫



その日の放課後、突然の誘いが来た。


「智草、今夜付き合ってくれないか」
「ん? 勉強してから帰る?」
「いや、今日は俺たちの寮に来てほしくてな。そっちで飯を作ってくれないか」


分寮には、かつて明彦と美鶴、真次郎しか住んでいなかったのに、今では大所帯だ。
数回しか話したことのない後輩もいる中に、行ってよいのだろうか。


「なんでまた?」
「お前に会わせたい奴がいる。今のアイツなら、お前とも向き合えるはずだ」
「……分かった」


不思議と、まだ続いているんだと感じた。
いつも通り両親の見舞いに行った後、明彦と共に分寮へと向かう。
真次郎のレシピで作ってほしいと言われたため、食材も調達した。
扉を開けると、ラウンジには全員が揃っていたらしく視線が一斉に浴びせられる。


「えっ、なんで篠原先輩が!?」
「つか、入れちゃっていいんスか?」
「今更だろう。それに今夜のことは私たちが頼んだんだ。……すまないな、智草。ご両親のことで忙しいというのに」
「ううん、気にしないで。起きてても入院してちゃあ変わりないし。むしろ私の方こそ招いてくれてありがとう」
「え、起きててもって……!」
「うん。お母さんもお父さんも、意識取り戻して普段通りになったんだ」


この言葉に、ラウンジに安堵の吐息が溢れる。
これだけの皆が知らないところで奮闘しているのだろう。
その中に、真次郎もいたのだろう。
智草は緩やかにほほ笑んだ。


「ありがとう。皆とシンちゃんのお蔭だね」
「っあ……」
「……」


途端、空気が重くなる。
なるほど明彦が言っていたのはこういうことかと、智草は察した。
隣に視線を向けると明彦がやれやれと肩をすくめている。

どうやら立ち直っているのは明彦だけのようだった。
少なくとも、今の智草にはそう映った。


「ふふ、本当に辛気臭い顔。シンちゃんが見たら眉寄せて“だらしねェ”って絶対言うよ」
「…智草サン、強いんスね…。荒垣サンがあんなことになったのに」
「順平!」


気遣っているのだと分かり、それはお門違いなのだと智草は首を横に振る。
同時に、これだけ真次郎は仲間に恵まれて愛されていたのだと感じ取り、なんだか少しだけ羨ましくもなった。


「その“あんなこと”になったのがシンちゃんだからだよ」
「え…?」
「シンちゃん、最期は笑ってたんでしょう? なら彼の死は嘆くためにあるんじゃないんだよ。むしろ、私たちの背中を押してくれてる。立ち止まったら後ろから足蹴りされちゃうわ」
「…………」
「私はシンちゃんが大好きだから、大切だから、分かる。だから前を向ける。挫けそうになっても傍にはアキくんや美鶴、大好きな後輩たちがいるもの」
「智草……」
「…先輩……」
「ワン!」
「あ、ごめんごめん。コロちゃんも一緒だよね!」
「わふっ」


足元に駆け寄ってきたコロマルの首筋を撫でる。
気持ちよさそうに目を細める姿を、以前真次郎とも見たなぁと感慨深くなった。
立ち上がって、場を切り替えるように手を叩く。


「さ、こんな暗い空気は止めましょう。今日は美味しいご飯作りに来たんだもの、暗い顔してたら食材がいい味出してくれないわ」
「ふ…」
「アキくん、その顔なに〜? どうせシンちゃんみたく美味しい料理は作れませんよーっだ!」
「そう機嫌を損ねるな。さ、キッチンはこっちだ。調味料と包丁は豊富にあるぞ」
「全部シンちゃんでしょ。皆はゆっくりまったりしててね」


ぶらり、と手を振って明彦に先導され智草は奥へと姿を消す。
そんな背中を見つめた後、先に脱力して天を仰いだのは順平だった。


「…智草サン……強すぎだろ…」
「彼女も、…すぐには受け止められなかったはずだ。きっと荒垣の人柄が彼女を向き合わせたのだろう。そしてそれを、明彦が支えたのかもしれないな……」
「桐条先輩……」
「…情けないな…。私は、……私もすぐには対応できない。だが確かに辛気臭くしても、それは荒垣本人が一番望んでないんだろうな」
「…言葉じゃ分かってるのに、…な…」
「私……。凄く優しい先輩だったのに……」


奥から、笑い声が届いた。


「……」

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