夜空を見上げて | ナノ

≪10/08(木) 忘るることなかれ≫



「アキくーん、もう大丈夫だってば」
「いや、心配でならん。行くぞ、ここら辺は治安悪いからな」
「暴力沙汰になってもボクサーは手を出したらいけません」
「誰も喧嘩をするつもりはない」


放課後、病院から出てきた智草は困ったように眉を下げていた。
近くの花壇には今日も明彦が座っている。

こうやって、5日から連日見舞いに同行してくれるのだ。
ただでさえ夕食を共にしているのに、これでは明彦が大好きなトレーニングをやる時間が減ってしまう。


「どうだった?」
「二人とも記憶が混乱しているみたいで、もう数日は入院だって。でも結構元気なんだよ!」
「そうか、良かったな」
「うん! だからね、こうして毎日付き添ってくれなくても……」
「俺が許さん」
「……はいはい」


妹と勘違いをしているのではないか、と疑うほどに過保護になった気がする。
けれど、妹として見られていないことは智草自身が良く理解していた。
隣で肩を並べて歩く明彦の顔を見上げる。


「ねっ本当にありがとう、アキくん」
「別に俺の力じゃないさ」
「俺たちの、なんでしょ?」
「…そうだな」


視線が、逸らされる。
けれど不快感は全くなかった。


「安心して、これ以上は踏み込まない。でもお礼や心配くらい、してもいいでしょ?」
「お前も物好きだな。何してるか分からない俺らを支持するとは」
「だって大好きな人たちがしてることなんだもん。悪いことなんて1つもしてないって、確信持てるよ。シンちゃんだって、そのために頑張ったんでしょ?」
「あぁ」
「なら、なお安心! ね?」


明彦の覚悟の言葉は、智草の耳にも確かに入っていた。
戦い。死。
智草には分からないことばかりだが、目の前に明彦たちがいれば良いのだ。
彼らたちもそれを昔から望んでいるのだから。


「お前のそういうところには救われるよ」
「えっなに急に!」
「いや、今まで当然のように思ってたが、やはり嬉しいものだと思ってな」
「……もう、なんか照れる」
「ははっ」


結局、スーパーに立ち寄って帰路を歩むことになった。
明彦がいるからと少し重いものを買っても、彼は平気そうに持っている。


「ところで! 試験もう目の前だけど大丈夫?」
「俺なら問題ない」
「馬鹿。アキくんじゃなくて寮の皆!」
「……何でもお見通し、だな」
「あ、やっぱり手ついてない?」
「あぁ。ったく、シンジも報われないな」
「私たちだからこそ、シンちゃんのことをすぐ受け止められたんだよ。ましてや大切な先輩が目の前で逝っちゃったんだもの、辛いのも分かるかな」


自分も、母親や父親が無気力症にならず元気であれば、受け止められなかったかもしれない。
死を身近に感じたからこそ、覚悟が少しだけ出来ていただけの話だ。


「……もし」
「ん?」
「もしもお前があの場にいたら、……今頃どうなってたんだろうな」
「…………」
「…悪い。辛気臭くしてるつもりはないんだが、ふと思ってな」


心は切り替えた。
けれど、全てが切り替わるわけではない。
前を向く覚悟をしていても、時々は後ろを振り向いてしまう。


「変わらないよ」
「……」
「変わらない。シンちゃんは自分がするべきことをしただろうし、私はそこに介入できない。それに、きっと皆のように塞ぎ込んじゃう。それで、アキくんにこうやって助けてもらうの」
「…智草……」
「私のこと、アキくんが支えてくれるんでしょ?」
「…お前は重くて支えきれん」
「あ、酷い! それとこれとは関係ないのに!」
「食べるならきちんと運動することだな。なんなら一緒にトレーニングでもするか?」
「ぜっっったい嫌! アキくんスパルタなんだもの!!」
「ふ、あれぐらい耐えれるようにならないと、老化が早まるぞ」


女の子に大盛を食べさせ、その後も更に追加をし、しかもランニングまでさせる人間がどこにいるのか。
初めてやった日には大いに吐きそうになったのを思い出す。


「そういうの女の子に言う言葉じゃないですー! もう! アキくんってば意地悪だなぁ。……成績落ちちゃえばいいのに」
「お前な…わりとリアルなこと言うな」
「あれれ〜? しっかり勉強しないと美鶴に怒られますよ〜?」
「……飯の後も帰らんからな」
「え、なんで!」
「勉強するからだ!」
「えー! なんで私が教えるみたいになってるの〜?!」
「お前も俺を支えてみろ!」
「も〜!!」


辛い。けれど、楽しい。
こうやって、今後も毎日が過ぎていくのだろう。


「今日は生姜焼きだよ!」
「なに!? プロテインを家から持ってくる!」
「そんな時間はありませーん!」
「お、オイ!待て!」


少し駆け出すと、すぐに明彦が追いついてくる。
それが、嬉しかった。


「なあ、智草」
「なにかな、アキくん」
「試験が終わったら、話したいことがある」
「終わってからでいいの? いつだって付き合うよ!」
「そうか……そうだな」

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