夜空を見上げて | ナノ

≪10/05(月) 決意を新たに≫



涙が引いた後、智草は明彦に連れられて再び歩き出した。
「これが最後だ」その言葉は、智草へ向けたものか。はたまた自身へ向けられたものか。


「……シンジ」
「――……」


>月光館学園高等部 体育館

普段は明るく照らされている広いそのスペースも、今は暗闇に包まれ、パイプ椅子が綺麗に整列されていた。
ただ一点だけ、奥へ突き進んだ先に明かりがともっている。
その光の下で、確かに真次郎はいた。白い花束が飾られている。


「よお」


そして、今朝の時と同じように、明彦は気さくに声を掛けた。
返事は、帰ってこない。


「いつものアレを食ってきた。智草とな。意外といいもんじゃないか。……誘えよ、一度くらい」


真次郎の姿はない。白い暗闇に包まれた空間の中に、彼は閉じ込められている。
けれど、それは彼自身が望んだ結末だったのだ。彼の家族ともいえる親友が言っているのだから、間違いはない。

明彦は嘆き、拳を打ち付ける。彼の言葉は智草の胸へと突き刺さる。
事情の知らない自分には、触れられない領域。けれど、そこで真次郎は命を落とした。
明彦の泣き叫んだ声に、数時間前の自分が思い浮かぶ。

絶望と恐怖と、困惑と何とも言えない感情に渦巻かれ、全てを涙で吐き出し、けれどすっきりできぬままやってきた。
これが事実だと追い込まれるかのように。


「いいぜ、シンジ。美紀と二人でそこから見ていろ。まだ、俺にはやることがある。……そうだろ?」


だがどうだろうか。
真次郎の遺影と、そこで覚悟を決めた明彦の姿を前に、智草の心はそれを何故かすんなり受け止めた。

本当に彼は死んだのだ。
もうこの世にはいないのだ。

どうあがいたって、どう嘆いたって、どう祈ったって、彼はもう存在しえない。
彼の温かに細められるあの鋭利な瞳も、誰よりも優しく相手を思える心も、気遣う精神で生まれる最高の料理も、不器用だけれどハッキリと告げる言葉も、何一つ、ない。ないのだ。

もう二度と見られないし、窺えない。食べられなければ、耳を傾けることもできない。
まだまだ話したいことは山ほどあるというのに。まだまだしてほしいことも、したいことも、数えきれないほどあるというのに。


「シン、ちゃん……」


君は、笑って逝ったんだってね。
君のことだ。
きっと誰かの為に。
自分のすべきことをしたのだろう。

先程までは嘘だと、これは現実じゃないと言い放ち疑いもしなかった心はもうない。

不思議だ。この祭壇を見たからそう思ったのか。
それとも、私の目の前に立つ彼の強い眼差しと決意を見聞きして思ったのか。それは分からない。


けれど確かに分かることは――これからも自分の意思を貫いていこうと新たに決心した、自分自身がいることだ。

真次郎は見てくれている。いつだってあの温かな眼差しで、不器用な言葉を放ちながら優しくこちらを導いてくれる。


暫くは彼の行動も、表情も、仕草も香りもすべて忘れないだろう。
何かにつけて思い出し、涙腺が緩むに違いない。
それでも、嫌だと拒絶をしてもいつかは薄れ逝ってしまうのだ。

どんな風に毎日過ごしていたか。
どんな表情に移りかえていたのか。
どのように手を、指先を、足を、身体を動かしていたのか。
近づいたらどんな香りがしたのか。
全部、嫌でも次第に遠くへ行ってしまう。


けれども、真次郎がいたというその事実だけは変わらない。
これだけは忘れてはいけないのだ。
いつでも彼はこちらを見てくれている。それだけは覚えていなければいけない。
そして、彼の教えてくれたことを忘れてはいけない。それを糧に、前へ進むしかないのだ。


「……あのね、シンちゃん」


それならばそうしてやろう。
彼の意思を、目の前にいる人と共に、この進路が違えようとも受け継ぎ続ける。
それが私の意思だ。


「お母さんとお父さん、無気力症治ったよ。まだ入院は必要だけど、元気だった。――……ありがとう。シンちゃんのお陰だね。でも、こんな置き土産ずるいよ……」


明彦の隣に並び、祭壇を見上げる。
声を掛けてくれればもっといい写真を提供したのに、と笑みが零れた。


「これからはさ、シンちゃんが教えてくれた料理、寮の皆に時々作りに行こうかなって思ってる。シンちゃん、結構心配してたもんね。
美鶴はいつも誰かの料理を食べてばかりだから、今度教えてあげるんだ。
ゆかりちゃんや寮の女の子とも、一緒に作ってみようと思う。
でね、湊くんたち男の子には後片付けを任せるの。きっと順平くんは不器用さんだから、丁寧にやり方を教えてあげるわ。
コロちゃんには高級ドッグフードをあげるね。食べ過ぎは絶対させないから」


ねえ、


「一番の問題はアキくんだね。いつも牛丼ばっか食べて、偏食さんだから」
「…そんなことないだろう」
「そんなことあるの。いつも私たち心配してるんだからね」
「……」
「だから、アキくんにはきちんと食べてもらう。美味しくて体に良いもの、いっぱい作ってあげるね。……だからさ、シンちゃん」


シンちゃん、


「安心して、私たちのこと見ててください」


大好きだよ。

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