夜空を見上げて | ナノ

≪09/10(木) いつかに思いを馳せて≫



放課後。
母親の見舞いを終えて、智草は病院から出た。
見舞いと言っても、魂の抜けた顔を見るだけ。
言葉を交わすこともなければ、目も合わない。

満月を過ぎると無気力症の患者が元に戻っていたが、どうやら今回もダメだったらしい。
これを告げた時の明彦と美鶴の顔は、智草が見るだけでも心苦しいものだった。

ふと見知った姿を二つ見つける。
智草が駆け寄る頃には既に一人は消えてしまっており、寂しい背中だけが残っていた。


「アキくん!」
「あ、ああ……智草か」
「今のシンちゃんだよね? なんだ、一緒に居たの?」
「まあな。……一応、あいつもこの間から帰寮してな」


明彦の言葉に智草は目を丸めた。
1年目の10月。忘れもしない。何があったかは知らないが、ここから亀裂が入ったのは確かだったのだ。

自分の知らないところで戻ったのか。
智草は歓喜した。


「そうなの!? 良かったじゃない! え、嬉しい。じゃあシンちゃん今は寮にいるんだ。教えてくれたらよかったのに!」
「悪い、いろいろ忙しくしててな……」
「少し落ち着いたらさ、皆でご飯行こうよ! 美鶴も誘って、前みたく!」
「……ああ、そうだな」


いつもの元気がない。
智草は、何故か察してしまった。亀裂は、まだ根深く入っているのだと。
今言った言葉はきっと現状に適さない発言だっただろう。
智草は咄嗟に口を閉じた。


「智草か」
「! 美鶴!」
「母親の見舞いか?」


後ろから現れた美鶴に、智草は笑顔を浮かべた。


「うんそう。相変わらずだけど、点滴のお陰で苔てなかったよ」
「そうか。私が力になれることであれば何でも言ってくれ」
「もう十分力になってもらってるよ。本当にありがとうね」


この病院を紹介してくれたのも、母親の入院手続きを進めてくれたのも美鶴だった。
美鶴からすれば、償いの気持ちが入っているのだが智草には関係がない。
ただ純粋に嬉しかったのだ。


「二人とも、これから帰るの?」
「そのつもりだ。明彦、荒垣はどうした」
「先に行った」
「そうか。なら、私たちだけで外食でもするか」
「美鶴と……?」
「なんだ、荒垣がいないと不満か? それとも、私が邪魔かな?」


ふふ、と美しすぎるほどの笑みを浮かべる美鶴に、智草は首をブンブンと横に振った。
そして、その細い腕に抱き着く。


「美鶴がいてくれないと嫌でーす! ご飯、行きたい!」
「お前はどうするんだ、明彦。私は別に智草と二人でも構わんが」
「ふざけるな、一緒に行くに決まっているだろ」
「じゃあ、はがくれね! 美鶴に新作食べてもらわないと!」
「おお、前に行ったあの場所だな? 楽しみだ!」
「前に? オイ、俺は知らんぞ!」
「乙女の秘密ですー! ね、美鶴?」
「ふふ、残念だったな。明彦」


いつか、ここにシンちゃんも。
智草は瞼を閉じて足を大きく踏み出した。
翌日足を踏み崩さなかったのは、恐らく二人がいてくれたからなのだろう。

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