夜空を見上げて | ナノ

≪08/16(日) 夏祭りの大輪≫



賑やかな雰囲気。夏の風物詩。
智草と明彦は向かい合っていた。


「…………」
「そろそろ何か言ってほしいなぁ」
「あッ、いや悪い。その……だな……」
「……似合わないならそう言ってくれた方が、まだ傷浅くて済むんですけど」
「似合っているが!?」
「え」
「あいやッ!?」
「あいや?」
「ああ、だからだな……くそっ!」


この調子である。

白地に赤い大輪が咲き誇った浴衣を身に纏った智草は、可笑しそうに笑う。
対する明彦は自身の顔が酷く火照っていることを自覚しながら、顔を背けた。
せっかく逸らしたのに、智草はこれを追って見上げてくるのだからタチが悪い。


「もう一回言って?」
「聞こえていただろ!」
「聞こえませーん。あー、何も感想ないのかなぁ。せっかく頑張って着付けてきたのになぁ」
「〜〜〜似合っているといったんだ!! もういいだろ!」
「あははっ、うん嬉しい! ありがとう!」


ぱあっと開く笑顔は明彦の心を安堵させた。
この笑顔は本物なのだ。久しぶりに見た表情を見たくて誘ったのだが、正解だったらしい。


「でもアキくんから誘ってくれるとは……さては遂に私の魅力に気付いたな?」
「な、何を言っている……!」
「ふふ、手も繋いじゃう?」


伸ばされた掌はあまりにも小さく、簡単に折れてしまいそうだった。
拳をぶつける自分とは全く異なるそれを見つめていると、智草が恥ずかしそうに目元を緩める。


「冗談だってば。ほら、行こ――」
「っ繋ぐんだろ!」
「……アキくん……」


守ってやりたい。ただそれだけだった。
手を重ね合わせ尚更実感する。
いつだって見上げてきては笑みを浮かべる智草は、頬を赤らめて視線を落としていた。


「……今だけ、こっちがいい」
「!」
「……だめ?」
「…なわけ、ないだろ」
「うんっ……!」


絡められた指の間が、触れる面積が熱い。
少し強く握ると、細い指にも力が入った。


「えっと、たこ焼き食べよ!」
「そ、そうか。行くか!」
「アキくんそっちじゃなくて、コッチ!」
「お、おおそうか!」


不器用ながらも、足を進める。
夏祭りを楽しむ家族、友人、恋人たちの笑顔が咲き誇り、そこへと飲まれていく。

風物詩を目一杯味わいながら、人混みの多さに智草と明彦は場所を移し替えた。
長鳴神社の近く、木々に囲まれた小さなベンチに座る。
ちょうど、夜空に大輪が舞っていた。


「ここだと見づらくないか?」
「いーの。人多い方が落ち着かないし」
「言えてるな」


時折木々に隠れていたが、花火は美しく光輝いていた。
二人でそれを見上げる。
その間も、お互いの指は触れ合っていた。


「今日はありがとうね。どうせ美鶴に言われたんだろうけど」
「うッ!? な、なんのことだ……?」


なんて素直なのだろうか。
智草はくすくすと笑う。


「私が落ち込んでいるから、夏祭りを口実に誘ってこいってトコロかな?」
「……分かってたのか……」
「だってアキくんが夏祭り誘うとかありえないし」
「あ、ありえないとはなんだ! だいたい去年も一緒に来ただろ!」
「その時は美鶴も一緒でしたー。しかも誘ったのは私ですー」
「う……そ、そうだったか」
「そうだよ」


本当はシンちゃんも誘ったのに、来てくれなかったんだよなぁ。
智草は花火を見上げながら呟く。
小さな呟きも明彦の耳に入ったが、何も言わなかった。


「私ね、大丈夫だよ」
「智草……」
「そりゃお母さん居なくて寂しいし、お父さんも荒れてるけど……でも、生きてるもんね」
「そうだな……」
「アキくんたちも頑張ってるんだよね。私も頑張らないと!」


ベンチから立ち上がり、繋がったままの手を引っ張る。
明彦もまた、釣られるようにして足を伸ばした。


「やっぱり、アキくんと一緒に居ると元気貰えるよ」
「いや、俺にそんな力は……」
「大好きだよっ、アキくん!」
「なッ!?」


唐突な言葉に、明彦は赤面をした。反射的に一歩足が下がってしまう。
智草は、はにかみながら明彦を見上げた。


「真っ赤ですけど〜?」
「か、揶揄ったな……!?」
「どうでしょ〜? ほら、お参りしてから帰ろうよ!」
「あ、オイ待て!」


離された指が、熱を冷やしていく。

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