夜空を見上げて | ナノ

≪08/12(水) 不足を渇望する≫



「母のこと、よろしくお願いします」
「ええ。最善をつくします」


――最善。最善って、なんなんだろう。

朝一で病院を後にした智草は自嘲した。
母親が何かを口にすることは結局なく、点滴で栄養を摂ることになる。
傍に、父の姿は居ない。

心を表すように、足は次第に朝日から遠のいた。
陰の中に身を投じると、奥に見知った姿が見える。
お互いに少し驚いたように目を見開いたが、智草は力なく笑い、真次郎は不愉快そうに眉間の眉を深くした。


「……シンちゃん」
「…馬鹿野郎が。ここには来るなっつっただろーが」
「足が勝手に動いちゃった。でも良かった。会いたかったし、聞きたかったこともあるの」


荒垣真次郎――自分の大切で大好きな友人の一人だ。
美鶴と明彦と同じ寮に住んでいたのに、去年の秋ごろから急に態度が変わってしまった。
それでも、こうして偶に会えばぶっきらぼうに心配をしてくれるのだ。


「そんなの今度でもいいだろ。死にそうな顔してまでする話があるかよ。栄養あるもん食ってんのか?」
「ねえシンちゃん。やっぱりシンちゃんおかしいよ」
「あぁ?」


自分の親のことでいっぱいだった智草も、真次郎を目の前にしては、問いたいことが山のように出てくる。
親がこうなる前までは。会いに行こうと考えていたからだろう。


「私、知ってる。シンちゃんが何かに苦しんでるの」
「…………」
「その度に、薬みたいなの服用していることも」
「!」


びくりと震えた肩に、智草は眉を下げた。
自分の身の回りの友人たちは秘密を多く抱えているが、抱えきれずに分かりやすかった。


「……それ、絶対に副作用あるでしょ」
「……オメェには関係ねえ」
「関係ある。このこと、美鶴やアキくんは知ってるの?」
「さあな」
「知らないんだ。どうして教えないの? 教える必要性無いと思ってるから? それとも、教えたら2人が傷つくのが分かってるから?」
「あんなぁ、関係ないっつってんだろ。お前にも、アイツらにもだ。……分かったらさっさと帰れ」
「帰らないよ」


けれど、深堀すれば彼らは困ったような態度を示す。
友人を困らせる気はない。黙っていなければいけないことなのであれば、こちらも問うつもりはなかった。

しかし、今回は違う。
怪しげな3人組と会っている場面を見ている人がいるのだ。
もし、真次郎に何かあったら……。


「帰らない。絶対に今日は帰らない」
「子どもか」
「なんて言われたって良い。私、シンちゃんのこと好きだから。絶対にこのままだなんて許せない。……私も、シンちゃんも、2人も後悔する」
「そんなこと、……分かるかよ」
「……分かるよ。シンちゃんたちにあって、私に“何か”がないのだって、分かってる」
「…………」
「それでも、支えたいよ。傍にいたいよ」


自分に何が出来るのかを考えても、何もできないのだ。
智草はこれを理解していた。


「…………」
「シンちゃん教えて、その薬はなに? 例の3人組と、何をしているの?」
「………ただの栄養剤だ。それをアイツらから貰ってる」
「…………」


嘘だ。
分かっていても、真次郎から「もう何も聞くな」と圧力がかけられている。
きっと、自分が踏み込んではいけない領域なのだろう。
それでも、踏み込みたい。助けたい

――が、自分には何かが足りないから教えてもらえない。


「そんな顔すんな。だいたい、オメェが思ってるようなモンじゃねーよ。オラ、そろそろ帰れ。じゃねェとアキ呼ぶぞ」
「…………」
「近くまで送ってやるから」
「…………私、…納得してないから」
「……そうかよ」


親も、友人も、見ていることしか出来ない無力さに、智草は脱力したように笑みを零した。

真次郎は家の近くまで丁重に送った。
その間無言の智草に気まずくなりながらも、話すわけには行かないのだと口を固く閉じる。
この時、彼は彼女の母親のことは知らなかった。


「――ワンッ!」


一人、もうすぐ家に着くという時に目の前から元気な泣き声が聞こえる。
思わず顔を上げると、見知った姿があった。


「湊くんに……コロちゃん?」
「私もいるぞ」
「美鶴……!」


意外な組み合わせだ。
しかも、美鶴の隣には幼い男の子もいた。


「初めまして、天田といいます」
「夏の間だけウチの寮で面倒を見ることになってな」
「そうなんだ。初めまして、篠原智草です」
「知ってます。よく真田先輩といらっしゃるのをお見かけするので」
「あれ、そうなの? じゃあもう、天田くんともお友だちだね」
「友だち……」


コロマルが一鳴きして、舌を伸ばしながら上品に座り込み、智草を見上げた。
智草はにっこりと笑顔を浮かべてその首筋に手を伸ばす。


「ふふ、可愛いねぇ。元気にしてた?」
「ワフッ!」
「そっかそっか」
「……分かるんですか。言っていること」
「分からないけど、良いように捉えてるよ」
「君らしいな」


美鶴に、真次郎の薬のことを教えようか。
一瞬そんな思考になったが、智草は口を閉ざした。

美鶴の笑顔が作られていることに気が付いたのだ。
心労を増やす気にもなれず、ましてやどちらかの友を選ぶことも出来なかった。


「ねえ、私も一緒に散歩してもいい?」
「もちろんです。リードも持ちますか?」
「ありがとう。よーし、コロちゃんダッシュ!」
「わんっ、ワンッ!!」


何も考えたくなくて、智草は走り出した。

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