夜空を見上げて | ナノ

≪08/07(金) 残酷なる現実に抗う≫



作戦後の重い身体を叩き起こし、明彦は長鳴神社へと足を運んだ。
道中では何かしら歓声が聞こえてきている。満月を超え、大型シャドウを倒したことによる成果だろうか。

階段を上ると既に、あの夜と同じ場所で智草が座っていた。
明彦に気が付いた智草が、顔を上げる。
ゆるりと笑みを浮かべていた。


「アキくんの言った通り、無気力症の人良くなったみたいだね」
「……その……容態は…」
「現実は残酷だよ」


心が、一気に冷めた。


「そんな……」


明彦は拳を握り締める。
その姿に智草は眉を下げた。


「…ごめん、アキくん気にしてくれてるのに、私何言ってるんだろう。アキくんは何も、悪くないのにね。ごめん、本当に」
「智草……」
「まだ昼前だけどさ、海牛行こうよ。お話聞いてくれる?」
「…あぁ」


何一つ、俺は変えられないのか!
目の前を歩く少女も救えない自分の力なさに、反吐が出るようだった。

海牛へ辿りつき、奥の席へ通される。
昼前だからか、店の中はまだ静かだった。


「凄かったよ、朝街を歩いたら歓喜の声ばかり。治ったのねって涙流しながら喜んでるお母さんがいたの。小さい娘さんは訳が分からなそうに首傾げていたけれど、お母さんの顔が本当に嬉しそうだったなぁ」
「そうか…」
「私のお母さんはね……何も、変わらないよ」


丼が運ばれる。
山積みになった肉の一切れを智草は掴み、目の前に持ち上げた。
その横顔に、明彦は何も声を掛けられない。


「相変わらず動いてくれないし、口も利いてくれない。うーもあーも…言ってくれないや」
「……」
「お父さんなんて、最近ストレス溜まっちゃってるみたいで、荒れててさ。毎日帰りが遅い上に、こっちまで口利いてくれないの。まるで夫婦喧嘩したときみたいな空気だけ、家の中に流れてて……」


肉を口に含んだ智草は、何度も噛み締めていた。
噛み締めれば噛み締めるほど、瞳の色は薄くなり、遂に割りばしが置かれる。


「…………」
「誰が悪いとかないからこそ、発散のしようがないんだろうね」
「……すまない」


明彦が言えたのは、それだけだった。
ようやく智草の顔に笑顔が浮かぶが、それは無理やり作ったもので、眉が垂れている。


「なんでアキくんが謝るの? アキくんは何も関係ないでしょ」
「……そう、だな」
「…アキくんは不思議だね。お母さんが無気力症になった時も『少し待っていてくれないか』だなんて。……まるで、自分が戦っているみたいなさ」
「…それは……」
「アキくん責任感強いもの、放っておけなかったんでしょ? それに付け込んで、私なんて今こうして話してるけどさー」


無理して、明るい声を出している。
明彦には痛い程伝わってきていた。


「話してくれた方が、いい。1人でため込む方が問題だ」
「……ありがとう。あーあ、次の満月に期待するか」
「え?」
「だって、満月を境目に症状治ってるじゃない」
「…あ、あぁ……」
「あれ、まさか私気付いてないとでも思ったの? 嫌だなぁ。それぐらい把握してるよ。…そして満月が近づくとまた症状が広まる。いつからだろうね、こんな世の中になったのは」


いつから――脳裏に、屋久島での出来事が浮かぶ。
そして昨日会った、謎のペルソナ使いの言葉がリフレインした。


「――ごめん。ご飯美味しくなくなっちゃうね」
「いや、気にするな。…なんていうか、……その…」
「ん?」
「……お前は、俺が守るから」
「…………うん」


泣きそうな顔で頷いた智草は、慌てて顔を俯けた。
そして、まるで誤魔化すように肉を一枚また一枚と食べる。
明彦もまた、同じように箸を動かした。

今までで一番、重い。

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