夜空を見上げて | ナノ

≪07/25(土) 悪夢の始まり≫



終業式
これから長〜い校長からのお話を聞かないといけないのは苦痛だったが、それよりも智草たちは夏休みを喜んでいた。


「だからさー、次週の不死鳥戦隊フェザーマンRは楽しみなわけですよ」
「そうか」
「うわ、聞いてないでしょアキくん」
「その手の話になると、お前が言ってることが分からんからな」
「もう! きちんとお話聞いてよねー。というかアキくんも見た方がいいよ。意外と面白いから」
「あいにくそう言うのには興味がないんだ」
「人生損してるわー」


分かっていたけどさ。と智草が呟いた瞬間、勢いよく教室のドアが開かれた。
勢いよく、というよりももはや乱暴にだ。
誰だと当然視線を向けると、意外にもそれは担任の教師であり、何故か険しい顔をしていた。


「篠原!!」
「はっ、はいっ!?」


そして大声で名前を呼ばれれば、反射的に智草は飛び跳ねる。
何をしてしまったのだと考えるが全く、何一つ思い当たらない。
心臓がやけに激しく鼓動を鳴らしていた中で、教師は大きな口を開けた。


「お前、今すぐ帰宅準備整えろ!」
「え? な、なんでですか……?」
「詳しい話は後だ! 早くしろ!!」
「…はい…」


教室がざわめく。当然であった。
あまりの剣幕に、飛び跳ねた心臓が止まりかける。
……嫌な予感だけがした。何か、とんでもないことが起きたのだと。


「智草――」
「ごめんアキくん。後でメールするね!」


すぐさま荷物を纏めて、明彦に短く別れを告げて教室を出た。
早歩きで前を進む教師の背中に、不安が高まる。


明彦が帰寮すると、ロビーには美鶴だけがいた。
こちらを認識すると、美鶴はソファから立ち上がる。


「明彦。智草が途中で早退したらしいな。あれから連絡は?」
「いや……」
「そうか。…何もなければ、いいんだが」


美鶴も知らないのか、と問おうとして明彦は口を閉じた。
知っていたらすぐに自分へと連絡が来るはずだろうから。
何もなければいい――確かにそうだが、あの時の教師の表情を見ればわかる。
只事ではないことくらい。


「少し、走ってくる」
「あぁ……遅くなるなよ」
「分かっている」


智草……
明彦は暗い夜道に身を投じた。

走るルートはいつもと変わらない。
坂を上り、長鳴神社の長い階段を何度か往復するのだが――


「……智草……!?」


まさかその神社に彼女がいるなどとは、想像もしていなかった。
それは智草も同様だったようで、目を丸めていた。


「! あきくん……うわぁ、ビックリしたー」
「それはこっちのセリフだ。こんな時間に何をしている!」
「ちょっと外の空気を吸いたくてさーあ、ごめんね。メールするって言ってたのに」
「気にするな。それよりも、……」


明彦は口を噤む。
それよりも、その後どうだったのかを知りたかった、
だが、何故か勇気が足りずに唇が開けない。

智草は、薄っすらと微笑み、そのまま俯く。
背を丸めた姿がやけに小さく、か弱く映った。


「…………」
「…………」
「……お母さんが、さ…」
「……」
「……いわゆる『無気力症』になっちゃった」
「!」


明彦はこれ以上ないほどに瞠目した。
唇が乾燥していくのが分かる。


「町の中でそういう人たち見てきたから、そのうち自分の知り合いにも1人くらい出てくるんじゃないかなって思ってたけど。はは……そっか、お母さんかー」
「…智草…その……」
「何声かけてもね、返事してくれないの。目を合わせようとしても合わせてくれない…。ベッドに連れていこうとしても動いてくれない。ご飯あげようとしても、口すら開いてくれないの……」
「っ……」


智草の静かな悲鳴が、心に突き刺さった。
更に身を丸める姿は小刻みに震えている。
いつだって笑っている姿からは、到底想像もつかなかった。
一歩、足が進む。


「…こわ、…怖いよ……。お母さんどうなっちゃうの? 私、私お母さんいないと嫌だよッ!」
「智草……」


手を伸ばしかけた時、緩やかに智草が顔を上げた。
硬直していた筋肉が解れて、まるで諦めたように眉を下げて笑う。


「…ごめん、アキくんに言ったってどうにもならないのにね」


違う。見たいのは、そんな顔じゃない。
明彦は智草の足元にしゃがみこんだ。
そして、手をそっと彼女の肩へ当てる。こんなにも細いのかと、内心驚いた。


「少し待っていてくれないか…」
「え?」
「必ず母親の状態は良くなる。お前だって知っているだろう、昨日まで無気力症だった人間が突然治ることを。
だからお前の母親だって治る。……必ずだ」
「……うん」


気休めの言葉だと言われるだろう。
けれど、明彦の言葉は確かに智草へと届いた。
小さく、小さく頷く。


「もう遅い。そろそろ帰ろう。家まで送る」
「ありがとう、アキくん…」
「気にするな」


弱弱しく歩き出す彼女の隣に並びながら、明彦は歯を食いしばる。


次の満月だ。
そこで大型のシャドウを倒せば、智草の母親は戻るはずだ。
絶対に倒して見せる――!!

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