夜空を見上げて | ナノ

≪07/14(火) 何も言わずとも≫



夕暮れ時。図書館の壁際で二人並んで教材を開いていた。
期末テスト初日を終え、智草と明彦はいつものように勉強していたのだ。
そこには気まずい雰囲気などなく、いつも通りの空気が流れていた。


「試験さえ終わってしまえば後は夏休みかー! 今年は部活の合宿とかあるの?」
「いや、今のところ計画はされていないな。なにも合宿をしなくたって、個人で力を付ければいい話だしな」
「それがなかなか難しいから、するんだよ合宿は」


入院していた分の一月を取り戻す。そう言った明彦の言葉は真のものだった。
智草が聞く限りでもハードな訓練を行っている。
美鶴から一度だけ、「今日はあいつを連れ出してくれ。一日中動いては体に毒だ」と言われたことを思い出す。


「ま、アキくんには不要なものだね。それじゃ、今年も夏休みの予定ナシ?」
「……やることは、あるんだがな」
「そうなの? ま、それに行き詰ったり、気分転換したくなったら、いつでも誘ってよ。私は今年も、何も予定はなくフリーなんで」
「フ、相変わらずだな」


部活もバイトもしていない智草は微笑んだ。
相手の予定に合わせられること程楽なものはない。


「ということで、テスト終わったら気晴らしに遊ばない? いつも通り海の日なんてどう?」


去年は確か、隣町まで行って水族館の後、ひたすら食い倒れした。
今年は少し遠出でもしたいなー。智草が頭で計画を練っていると、明彦は心底申し訳なさそうに首を横に振る。


「…すまない。実はすでに予定が入っていてな」
「え、珍しいね。どこ行くの?」
「その……屋久島にある美鶴の別荘に行くんだ」
「屋久島?! 別荘?!」


別荘を持っていても可笑しくはないと思っていたが、本当にあるのか。
智草は目を見開き、同時に行く場所へ胸を膨らませた。


「うわー、いいなぁ。屋久島かぁ!」
「すまんな」
「なんで謝るのさー。え、まさか美鶴と2人きりでとかじゃないよね?!」
「寮の奴らと一緒にだ。気晴らしということでな…」
「なら良かった。美鶴の身も安全だね」


まさに“にっこり”笑うと、いつものように明彦に小突かれる。
ちょうど目の前を通過した生徒たちが、小さいながらも悲鳴を上げていた。


「お前は何を考えているんだ!」
「ほら、一応そういうのに鈍いアキくんでも、欲望は打ち負かせまいて」
「馬鹿か」
「馬鹿じゃないですー! にしても、屋久島ねぇ。……お土産期待」


きらり、と目を光らせる。
再び嘆息が聞こえたが、智草は気にすることなく掌を明彦へと差し出した。催促である。


「……観光へ行くわけではないんだがな」
「お土産ぇ!」
「分かった、分かった。というか、そろそろ再開したらどうだ?」


智草の手が完全に止まってから、既に数分以上経っている。
対する明彦のペンを持つ動きは止まらない。


「もう飽きた」
「……俺は続けるからな」
「何か本でも読もうっと」
「……」
「だって飽きたんだもん」


一切悪びれた様子のない返答に、明彦は大きなため息を吐く。
何も言わずに、手にしていたペンの芯をしまい、ノートを閉じた。


「あれ、どうして片付けるの? 別にアキくんは続けててくれていいのに」
「甘味処、行きたいんだろ?」
「あら」
「お前が飽きて本読むだなんて言いだしたら、それ以上言わなくても分かるさ」


勉強のできる智草であるが、長時間頭を使うと甘いものが欲しいくなる。
常々こういうことはあり、明彦は今回もまた察した。
自分を理解してくれる存在に智草は目を輝かせる。


「アキくんイケメーン! でもいいの? なんだか最近忙しそうだし、勉強できる時にしちゃったら?」
「今夜は自室で続きをやるさ」
「そっか、ならお言葉に甘えて行くかー! あ、勉強分からなくなったら何時でも連絡くれていいからね」
「お前は早く寝ろ」
「ちぇっ」


膨れる智草を前に明彦は身支度を済ませる。
立ち上がった彼の顔を見上げると、穏やかな笑みを浮かべていた。


「智草、行かないのか?」
「……行くー!」


勝てない。
胸が擽られるような感触に、智草はへにゃりと力なく口角を緩めた。

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