夜空を見上げて | ナノ

≪06/16(火) 非公式ファンクラブ3≫



「アキくん、購買行こう」
「なんだ今日は弁当じゃないのか?」
「んー、今朝寝坊しちゃって。だから今日は購買のパンで我慢しようかなってさ。競争率激しいけど、美味しいから好きなんだよねぇ」


母と一緒に絶叫した今朝は忙しかったと、智草は遠い目をした。
そんな彼女を横目で見た明彦は、呆れた瞳をしている。
どうせ「食い意地があるな」とか思っているのだろうと、智草は現実に戻された。


「本当に食い気があるな」
「なによー、文句あんの?」
「いや、そうやって旨そうに食べてる智草の方がいい」
「……ほんとにこの人は……」


心臓に、悪い。


「購買行くんだろ。早く行かないと買えなくなるぞ」
「分かってるって、それじゃ――」
「おーい、真田! 可愛い女の子からお呼び出しだぞ!!」
「なんだ?」


席から立ち上がろうとした時、クラスメイトが明彦へと声を掛ける。
二人でその方向へ顔を向けると、教室の入口で小柄な少女が一礼した。


「誰だ?」
「おいおいおい、お前嘘だろ…。隣のクラスの寿サチちゃん。最近めっちゃ可愛くなったって有名だぜ?」
「知らんな。興味もない」


サチ――確か、明彦に想いを告げたという女子生徒だ。
この間呼び出されたときにはいなかったが、初めて見た時とはどこか空気が違って見えた。


「ぇええ!? ちょい、智草チャンからも何か言ってやってよー」
「え、私? アキくんらしくていいんじゃない?
女の子としての立場に立つと悲しくて涙目だけど」
「だろだろー? ったく…とりあえず、早く行ってやれよ」
「だがこれから俺は」


これから智草と飯を食うし、あんな子に時間を割く暇はない。
恐らくそう言おうとしたのかもしれない。かもしれない、というのは智草が口を挟んだからだった。


「アキくんいいから行っておいでよ。女の子を待たせるんじゃない」


その言葉に明彦は怪訝そうに顔を歪める。
けれど、智草の瞳はぼうっと入口に立つ寿サチへと向けられていた。
視線も交わらず、智草もこれ以上口を開くことはなさそうな空気に、先に折れたのは明彦だった。


「……待ってろよ」
「いーから、ほら!」
「押すな!」


まったく、なんだってんだ。
明彦は首筋を掻きながら歩を進めた。
ぱあっと待ち人の顔が明るくなるのが目に見えて分かる。


「……あれがサチちゃん、ね」
「お、智草チャンってばもしかして嫉妬? 嫉妬なの?」
「そんなんじゃないよ。つかいつから名前呼びなのよグッちゃん」


明彦を呼んだクラスメイト、田口。通称グッちゃんに智草は嘆息した。
それにしても近い距離に立っているな、と田口を見上げると、彼はでれでれと顔の筋肉全体を緩めていた。


「いーじゃん、いーじゃん! あの寿サチちゃん、一度真田に振られたってのに健気だよなぁ」
「なに、その話有名なの?」
「有名っちゃー有名。サチちゃん狙ってたやつは撃沈よ!! 他の女子と違って、真田に求める前に自分がふさわしくなろうって磨きかけてるらしいぜ」
「ふぅん……」


あのファンクラブの人の話、本当だったんだ。
智草は、明彦とサチとをぼうっと見つめた。
顔を赤らめながらも健気に明彦を見上げて、確かに、可愛い。


「…智草チャン?」
「…………」
「やっぱりしっ――」
「違うから」
「ハイハイ。…あれ? もしかしてサチちゃん真田に弁当作ってきたのか。あー、普通の男子なら受け取ってるよ絶対。
完璧断ってんじゃんアレ。あいつもあいつで、そろそろイイ女見つけて――智草チャン?」


一歩、足が踏み出てしまった。
一度動けばもう止まらない。


「だから、悪いがこれは受け取れない」
「お願いします、一口でいいんです。迷惑だってことは分かってるけれど、…私、真田くんのこと本気なんです!」
「…そう言われてもだな…」


明彦はほとほと参っていた。
心の中は智草への不信感である。

いつもは気にせずに「適当に相手して追い返しちゃいなよ。あ、でも泣かせないようにね?」なんて送り出すくせに、今回はどうしたというのだろう。
こちらの顔も見ずに、淡々と差し出しやがって……。

明彦が小さく息を吐く。
何も知らないサチは、これに慌てたように口を開いた。


「真田くんがこういうの苦手っていうのも分かってるつもりです。でもね、私本気で真田くんのこと想ってるの。
この気持ちは誰にだって負けてないって自信持ってる。だから、少しずつでいいから私のこと知ってほしい……お願い」
「というか誰だ?」
「えっ……ぁ、そ、そこから、か…。えっと、私は」
「――寿サチちゃん」
「智草? 悪いな待たせて」


えっ、とサチの声を無視して智草は明彦を見上げた。


「アキくん、彼女の名前は寿サチちゃん。隣のクラスなんだって、覚えてやりなさい」
「え…あ、あぁ……だがなんでそんなことを」
「で、彼女の弁当受け取ってあげなよ」
「は?」
「え…」


何を言うのだろう。
それは、明彦にとってもサチにとっても予想外の言葉だった。


「せっかく女の子が丹精込めて作ったものを受け取らないなんて、男として恥だよ恥。彼女だってアキくんのために時間かけてるんだから、それをないがしろにしないの」
「だが、今日はお前と……」
「いいから、受け取りなさい。アキくんは少し女の子の気持ちを考えるべき。購買へはグッちゃんと行くからいい。グッちゃん、行こ!!」
「え、お、俺?! うそ、俺巻き込まれ――あ、はい、行きます!」
「あっ、あのっ……!」
「ごゆっくり」
「えっ…」
「オイ、智草!!」


明彦の戸惑いの声を無視して、智草は田口を引っ張り階段を下っていく。


「……いいの?」
「なんでそんなこと聞くの」
「いやだって、智草チャンだって…」
「今日のパン、グッちゃんの奢りね」
「はぁっ?! なんで!!」
「なんかムカつくから」
「だからそれってしっ――」
「グッちゃん…勉強教えないよ。ノートも見せないし、宿題も教えてあげないよ」
「奢らせていただきます」
「よろしい」


背中に突き刺さった視線は痛く、同時に胸も締め付けられた。

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