≪05/23(土) 靡いて絡まる長髪≫
今日は吉報が舞い込んだ。
遂に明彦の肋骨骨折が完治したらしい。
「それ、ほんと?!」
「あぁ。今日の検査で医師からもオーケーがでた。これでやっと部活も本格的に打ち込める。今までのブランクが痛いくらいだ」
「でもその分、練習するんでしょう?」
「当然だ。とはいえ今日の部活は休みだからな……」
椅子に座り、愛用のボクシングハンドの手入れをしながら、今日のメニューを考えているらしい。
智草は彼の言うこと全てを理解できているわけではない。
けれど、楽しげにメニュー内容を話す明彦の言葉を聞くのが好きだった。
どうやら今日は、いつものルートをランニングするようだ。
「走って、どうするの?」
「……久々に、一緒に飯でも食うか」
「…え……」
思いもよらない誘いに思わず声が漏れると、明彦は顔をあげてこちらを見た。
その表情はなんとも硬く、まるで即肯定されると思っていたようにも見えた。
「……なんだ、嫌か?」
「ううん、そうじゃなくて。ただ本当に久々だなって。……もう中間だけど、アキくんは大丈夫なの?」
「今の今まで俺が、横になっていただけと思ってないだろうな」
「はいはい、そうでしたねー」
少しばかり不服だと言わんばかりの顔に思わず顔が緩む。
こういう時の表情はなかなか可愛らしいのだ。
日頃はかっこいいと黄色い声をあげるファンからすれば、意外な一面にあたるのだろう。
そんな一片が見れることに、友人という立場が秀でて思える。
「じゃ、どこに行く?」
「海牛でいいだろ」
「だよね」
「そしたら行くか」
いつの間に片づけたのか、先ほどまで手にしていたグローブは鞄にしまわれていた。
席から立ち上がり上着を手に取れば、軽く首を回す明彦。
「トレーニングはどうするのー?」
「ランニングは寮に帰る最中に、帰宅してからサンドバックを相手にするさ」
「そっか。よーし、久々にアキくんと夕飯だ!」
「そんなに喜ぶことか…?」
「前なんて週に2,3回は一緒だったじゃない? 今年から一気に減ったから、ちょっと嬉しくなっちゃってさー」
美鶴も美鶴で、生徒会長と言う役回りも担っている上に寮生が増えたからか、以前より忙しそうにしているのをよく目にする。
忙しそうという行動よりは、常に何かを真剣に考え込んでいると言った方が正しいのか。
一度「大丈夫か」と声をかけてみたものの、彼女は口ごもりながらも大丈夫だと返してきた。
自身が踏み込めない話なのか、それと関係がまだ浅いのか……。
智草にはほんのりであるが、正解がどちらであるのか分かっていた。
「あぁ……その、すまないな」
「前までが多かったって考えれば、全然平気。私こそ変なこと言ってごめんね。でも、嬉しいのは事実よ」
「…お、俺も……お前との飯は、美味いと思ってる」
「アキくん……ふふっ、ありがとう」
やはりこういう表情の時は途端に可愛く見えてくる。
普段は目立って表に出ない彼の恥じらう表情に、ほんのり胸が温かくなった。
「あ! そう言えば、シンちゃんと会ったんだって?」
「いつの話だ」
「えぇっと、ゆかりちゃんが明彦の病室で見たって、あれ、シンちゃんのことじゃない?」
身長が高く、明彦を「アキ」と呼称し、目つきの悪い人。
そう聞いていて、友人であるシンジだと確信をしていたのだが。
「いや、確かにシンジで違いないが」
「最近会ってないんだよねぇ、元気そう?」
「相変わらず……だな」
「そっかあ。また会いたいなぁ」
「どうせ追い返される。止めとけ」
「ということは、まだ裏路地にいるんだ?」
「……」
「アキくん、嘘下手だから止めたほうが良いよ」
じと……と明彦を見るが、彼は不器用に視線を逸らした。
あまりにも不自然な逃げ方に、思わず笑みが零れてしまう。
「まあ、いいや。お腹も空いたし、行こう?」
「……ああ、そうだな」
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