夜空を見上げて | ナノ

≪05/08(金)朝 傾くグラデーション≫



あれから数日が経った。
学内での噂は明彦の肋骨骨折・美鶴の生徒会長就任で持ちきりとなっており、両人と友人関係にある智草にとって、内容はどうであれどこか嬉しく思えた。

そしてもう1つ、転入そうそう入院生活を余儀なくされていた転校生が再登校したということも。
彼の名前はあまりにも自然に耳に入ってきて、学校の噂は怖いなと改めて痛感したのが、2,3日前のことである。


「アキくんや、その後の調子はいかがですかな?」
「痛みも大分引いたし、そろそろ良い頃間と思うんだがな」
「そういう時に無理すると、せっかくの骨がまたイっちゃうんだよ」
「恐ろしいことを言うな。本当にそうなったらどうする」
「アキくんの自業自得」
「お前な……」


やはり、彼には赤のベストが似合っている。
入院翌日に登校してきたときは、たった1日お目にかかれなかったその赤が、とても懐かしく感じた。
どうやら月初めの検査入院でも異常はなく、2,3週間すれば完治できるという。


「そうだ智草、お前に訊きたいことがあるんだが」
「んー、なに?」
「“山岸風花”という2年を知っているか?」


智草は彼の口から思わぬ人物の名前を聞いて、微かに瞠目した。
それが返事代わりになったようで、なら話は早いと明彦は言葉を続けた。


「彼女のことで知っていることがあれば教えてほしい」


明彦明彦という男を知らない、ただのファンがこの言葉を聞いたらどう思うか。
もしかしたら半数以上が誤解する人かもしれない。
それでも智草が微塵とたりともそのように思わなかったのは、彼を知っているからだ。

そして、彼の真っ直ぐとこちらを見つめるその瞳が何を語ろうとしているのか。漠然とながらも受け止めることができた。


「山岸さん、今年はE組所属だったはずだよ。けっこう気弱な性格で、自分を責める傾向にある子でさ」


一番初めに会った時も、かなりビクビクしてたな。
智草はその時を思い出しているのか、瞼を伏せて少し間を空けながら話した。


「でも、とても優しくていい子なの。誰よりも人の心に敏感で、それでいて寄り添える女の子」
「なるほどな。……虐めに遭っていたというのは、事実なのか?」
「残念だけど……たぶん、そうだと思う。病欠って扱いにはなってるけど、自宅に居ないって話だよ」
「……そういうことか」


点が線へとなったのか、明彦は考え込むような仕草をして暫く口を利かなかった。
そんな中、智草は内に湧き上がる疑問を口に出せぬまま、別の意味で彼同様口を閉ざす。


「すまない、助かった」
「それはいいんだけど、アキくん。山岸さんのこと……」
「安心しろ。じきに顔を出すようになる。お前が彼女と知り合いなのだとしたら、復帰した時は普段通りに接すればいい」
「……そうだね。…うん、そうだね」


まるで近いうちに彼女はまた学校へ来る。と確信めいている明彦。
それは安心させるためなのか。それとも本当にそうなることを見越しているのか。
どちらにしろ智草の心は落ち着くことはなく、トクトクとその鼓動は大きくなっていく一方だった。

夕暮れの中、智草は1人でポロニアンモールを歩いていた。
特に用があるわけではないが、なんとなく足が運んだのだ。
ほんのり空に顔を浮き上がらせている月は真丸く、まるで太陽を地平線へ追いやっているようにも見えた。
智草はベンチに腰を下ろすと、それを見上げる。


「……なんだかなー…」


どうも最近、気になることが多い。
前々からおかしいと思っていたものの、それが確実なものへと変わりつつあるのだ。
考えれば考えるほど、なんとなく気持ちが沈んでいく。
その原因は自分でも曖昧で、対処法も見出せない。


「……この景色にぴったり」


決して、自分が太陽だ。と胸を張っていう訳ではないが、地平線という名の見えない底においやられる橙色の塊がどうしても自分と似て見えた。

沈んで沈んで……。
異なる点と言えば、この塊はまたゆっくりと顔を出して日中は主役を勝ち取ることか。

自分はどうだろう。勝ち取れるだろうか。煌びやかに輝いて自己主張できるだろうか。
疑問に染まった霧を、明るい光で消し去れるだろうか。


「…そんな気分にはなれないなぁ」


自然と溜め息が零れる。
不思議と、心がだるかった。

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