夜空を見上げて | ナノ

≪04/10(金) 新期の凶報≫



「明彦の見舞いに行ってくれないか」


今朝一番に美鶴に会った、智草が言われた言葉がこれだった。
新たに3年生となった環境を楽しんでいた矢先に、冗談が舞い込んできたのだ。

「見舞い? 誰の? アキくんの? うそー! だってアキくん昨日なんてピンピンしてたよ? ボクシングしてたよ?」


そう返すも、美鶴は「本当にな…」と呆れたように瞼を伏せた。
彼女は冗談を言うタイプじゃない。ならばその言葉は真ということになる。
智草は信じられない思いを抱えながらも、彼女から病室を聞いたのだ。


そして今、信じざるを得ない光景を目のあたりにしている。


「……あばら、骨折…」
「あぁ、ちょっとやっちまったな」
「これって“ちょっと”とか、そういうレベル超えてない?」
「暫くは安静だそうだ。まったく、困ったものだぜ」


智草は自身の顔が引きつっているのを感じた。
学校では赤いベストで目立つ彼が、今は青いパジャマに包まれているのだ。
そして胸元から見える白いバンド。

明らかに、事実だ。

話を聞くと、どうやら鍛錬の最中にあばらを骨折したという。
確かに肋骨は当たり所によっては、簡単に折れてしまう骨だ。
ましてやボクシングをしている彼なら、こうなってもおかしくはないのかもしれない。
だがそれにしても……


「……だいじょうぶ?」
「問題ない」


痛そうである。
見ているだけでも痛々しいのに、本人はどうとも思っていないらしい。
いや、どうともという表現は間違っている。
彼はうずうずしているように見えた。今にも、その拳を突き出したいと。


「部活は」
「もちろん良くなるまではできないな」
「だよね。というか、今痛くないの?」
「多少の痛みはあるが、仕方がないだろう。動きたい気持ちも山々だが、これも1つの経験として受け止めるさ」
「そっか。他に、どこか悪いところとかないんだよね?」
「そんな顔をするな。大丈夫だと言ってるだろ」
「でもさぁ……」


はぁ、と自然に溜め息が零れた。
当の本人はけろりとしているが、智草は何とも言えない心情である。
美鶴から「見舞い」という言葉を呑み込んだ後には、彼が生死を彷徨うような事態になったのかと、一瞬ながらも思ったのだ。

それがどうだろうか。いざ来てみれば肋骨骨折だという。


「…いや、あばら折ったのも十分重症だよね。呼吸するだけでも痛み走るって言うし…」
「? どうした。まだ心配でもしてるのか?」
「そりゃ、心配もするよ。進学早々、入院事態だなんてさ」
「入院と言っても明日には退院する予定だ。幸いそこまで酷くなかったみたいでな、学校には行ける」
「そっか…ならひとまず安心、かな?」


そうなるな。と、明彦は小さく頷く。
部活はもちろん痛みが引くまで必要以上に動けないという。
偶にはそんな時間も必要だと言えば、勘弁してくれと言わんばかりに苦笑をした。


「それにしても、今年に入って2人も病院行きかー。知ってる? 新しく2年に入ってきた転校生も入院したらしいよ。一部だけれど、ちょっとした噂になってる」


明彦の安否を心配しつつも学校で1日を過ごす中で流れてきた噂。
2年の転校生が入院したらしいぜ、と。
原因は不明だが、転入して一番最初のイベントがこれとは可哀想にと思ったものだ。

乾いた笑みをこぼしながらその話を明彦にすると、予想外の反応が返ってきた。


「あぁ、有里のことか。まだ目を覚ましていないらしいが、そこまでやわじゃないだろ」
「……え。知り合い?」
「言ってなかったか? 俺たちの寮に住むことになったんだ」
「え?! 知らない…!!」
「今知ったからいいだろ。どうせ、それも噂で耳にするだろうしな」
「というか、なんでその有里くんは入院したの」


転校生である有里と同じ寮に住み、その彼と同じ日に入院。
おまけに明彦は肋骨を折り、一方の有里は未だ意識を取り戻してないという。
そこから導かれる公式は……


「まさかアキくん――トレーニングとかいって無理やり付き合わせたんじゃないでしょうね!?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ!! アイツもアイツで、長旅からの疲労が溜まってたんだろう」


そっと窓からの景色へと視線を移す明彦に、智草はどこか納得ができずにいたが、それでもそれをただ受け止めることにした。
彼が何かを隠しているのは今に始まったことじゃない。


「ふぅん? それなら早く目覚ますと良いけど。……はぁ、それにしても心配して損した」
「心配してくれたのか?」
「そりゃ美鶴から『見舞いに行ってくれ』なんて言われたら、ビックリするよ。最初、冗談でしょって笑って返しちゃったもの」
「急に言われたら誰でもその反応だろうな」
「でも重体じゃなくて本当に良かった……」
「…悪いな、わざわざ」
「ううん。気にしないで」


今年は特別な年になりそうだ。
智草は根拠もなく、ただ漠然とそう思った。

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