夜空を見上げて | ナノ

≪猫を介して君と出会う≫



確か、中学3年の秋頃だった。
受験勉強に明け暮れながらとぼとぼと学校から帰る道で、か細い声を聞いたのだ。


「お、可愛らしい猫!」
「…にゃー…?」
「ん? 覇気のない声だね。元気?」
「……にゃあ」


路地裏へ続く道で、小さな猫が身を丸めていた。
智草は屈んで荒れた毛を撫でる。少しごわごわしていた。


「じゃ、ないみたいだね。んー、お腹でもすいたのかな」
「にゃっ!」
「…やけに食いつきが良いね」
「…にゃぁ…」
「えなにそれ演技? 私お腹すいて死にそうなのよ、っていう演技?」
「にゃー!」
「飯寄越せと言うのか! さっきまでのしおらしい演技はどうした!」
「にゃ」


ぷんと顔を背けては、力ない鳴き声を発して求めてくる。
智草は鞄を抱きしめながら首を横に振った。


「ないよ、ご飯」
「にゃー!!」
「ないってばー!」
「にゃぁああ」
「叫んでもないものはないの!!」
「ふしゃー!!」
「ありますごめんなさいどうぞお納めください」
「にゃんっ」


鞄の中からごそごそと漁る。
その間、猫はしおれた表情は一変して細い尾を揺らしていた。


「むかつくぅううう」
「……にゃ?」
「?」
「…………」
「ちょっ、なんで食べないし! なんで踏みつけるし!! 食べ物を粗末にしてはいけませんと、母上に学ばなかったのか君は!!」


袋から取り出し地面に置いたクッキーは砕け散っている。
何故だ、と智草は自分で一枚食べて猫を睨みつけた。


「にゃー」
「なに」
「にゃー」
「いや分からないよ」
「にゃー」
「日本語言ってくださーい」
「にゃぁ」
「言い方変えてもダーメ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「オイ」
「しゃべったぁあああああああ」


心臓が、身体全身が飛び跳ねる。
クッキーの服をは宙を舞い、思わず尻もちをついた際に踏みつけてしまう。


「しゃ、しゃべ……」
「にゃぁぁ」
「飯だろ、ほらよ」
「にゃんっ!」
「……は」
「♪」
「……猫が、…喋った……」


宙から降ってきた別の容器に猫が食いついた。


「お前、馬鹿か?」
「猫に馬鹿って言われた! てか君メスじゃないの? 実はオスだったの?!」
「……こりゃダメだな」
「つか飯食いながら喋らないでよ行儀悪い!!」
「……にゃぁ」
「なに、その顔なに……ってあれ? ……」


ようやく、低い声が人間の物であると気付く。
恐る恐る顔を見上げると、自分よりも幾分も身長の高い男の人が立っていた。
呆れたようにこちらを見下ろしている。


「やっと気づいたのかよ」
「…ドチラサマ?」
「……誰だっていいだろ。言っておくがな、猫はそんなもん食わねえぞ。つうか食わせるな」
「なん、ですと……」
「馬鹿か」
「アナタよりは馬鹿でした…」
「……フン」


鼻で笑われた! と智草はショックを受ける。
ふらりと立ちあがって男を見上げる。


「で、誰? あ、私は篠原智草。気さくに名前で呼んでよ」
「篠原か」
「空気読めなすぎるでしょ」
「あ?」
「スミマセンでした…」


身長も高く、上から下されて、しかも声が低く、目も鋭い。
智草は反射的に謝罪をした。


「……荒垣」
「え?」
「…荒垣だって言ってんだろうが」
「あ、じゃガッキーね」
「……」
「なにさーその反応」


後にシンちゃんと愛着を持ち、真次郎もまた名前で呼ぶほど仲が深まるのは、また先のお話。

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