夜空を見上げて | ナノ

≪非公式ファンクラブ2≫



>屋上
その日は少しだけ、風が強かった。
風当たりも、強かった。


「あなた、全然わかってくれてないみたいね」
「そう? 分かってるつもりだけれど」
「……これ以上真田くんに近づかないで」


この言葉を聞いたのは何度目だろうか。
お陰で顔も名前も覚えてしまった。


「あのさぁ、私をアキくんから遠ざけて何をしたいわけ?」
「目障りなんだよ! アンタが真田くんの近くにいると!!」
「そう言われても。つまりアキくんを孤立させろと?」
「はぁ?何言ってんのアンタ、ンなわけないじゃん」
「けどそう言ってるようなものじゃない?」
「貴女、凄い減らず口ね」
「内心けっこうビクビクしてるけどね」


ぽんぽんと言葉が飛び交う。
そのうち手を出されるのでは、と怯えていたが彼女たちが暴力に走ることはなかった。
そこだけは好意を抱ける。

「ほんっとアンタムカつく…。桐条さんの後ろ盾があるからって生意気すぎない?」
「マジ人利用して真田くんに近づこうとか、サイアクー」


は? と心の奥底から低い声が漏れた。
後ろ盾とは何を吐いているのだろう。途端、心が冷めていった。


「なに私知りませーん、みたいな顔してんの? 皆知ってっから。アンタが桐条さん利用してんの」
「何かあれば桐条さんに言って、みーんななかったことにできるもんねぇ」
「なにそれ美鶴のこと馬鹿にしてんの?」


口から飛び出る言葉に、抑揚は失われている。
目が座っていることに気付いた女子生徒たちは、突如として変わった気配に一瞬つばを飲み込む。


「な、なによ急に…そうやってキレんのも友だちの演技ってわけぇ?」
「……そろそろ私本気で怒るよ。私のことでとやかく言うのは構わないけど、美鶴は関係ないでしょ。言ったところで無駄だろうけど、私たちはただの友だち。桐条グループとかそんなの関係ないし。
むしろ、貴方たちの方が美鶴を恐れてるんじゃないの。思えば、貴女たちが私を呼び出す時って、必ず美鶴に用事がある時だよね。例えば生徒会とか、テスト前とか」
「は、何急に勢いづいちゃって…。つか実際桐条さんって自分がグループの跡継ぎだからって調子の乗りすぎて――っひ」
「……」


暴力を振るわれてはいない。
智草もまた暴力をふるうつもりはなかった。

けれど、我慢できないことはあるのだ。
気が付けば智草は大きく足を踏み下ろしていた。
固いコンクリートに、激震が走る。


「な、何よ!!」
「…言ったよね?美鶴のこと悪く言うなって」
「っほんと、ムカつく……」
「私も今凄くムカついてるからお相子ってことで。こうやって呼び出して脅して、それで私がアキくんを避けるとか考えたら大間違いだから。
アンタらが私のこと殴ろうとも刃物で傷つけようとも、私は変わらない。そうやって人を遠ざけること考える暇あるなら、もっとマシな人間になって彼と仲深めれば?」


ぎろりと睨みを利かせると、一人だけ一歩後退った。


「ッ…!!!」
「んっとによ、…テメェマジでムカつくんだよ!!!」
「だから何度も言わせないで。私もムカついてるっての。そろそろいい? イライラしてきてこれ以上は顔も見たくない」


普段は彼女たちが過ぎ去るまで付き合っていた。
けれど、今日ばかりは耐えられない。
智草が後退った女子生徒の横をすり抜けると、リーダー格の女子生徒が口を開いた。


「ねぇ、覚えてる? サチのこと」
「…アキくんに告白して振られて、ご飯も却下された子でしょ」
「っ…!」
「いいから。…サチね、本気だよ。真田くんに振り向いてもらおうって本気になってる。一生懸命勉強して、一生懸命料理も頑張って、女として磨きをかけようとしてんの」
「そう」
「それだけは、絶対に邪魔しないで」
「……安心して、本気の子の邪魔するほど野暮じゃないよ。けど、アキくんがもし迷惑だと言っても付きまとうようなら、どうかわからないけど」


睨みを利かせても、リーダー格の女子生徒はたじろがない。
それどころか、真正面から向かい合っていた。


「貴女って、真田くんのことどう思ってるの?」
「大切な、かけがえのない友だち」
「…………」
「じゃ」


屋上の扉を閉めて、階段を下る。
心が曇天模様となり、奥から深く重い溜め息が溢れ出た。


「――はぁ……。……どう思ってる、かー……」
「……先輩?」
「!…ゆかりちゃん!」


声を掛けられ、心臓が飛び跳ねた。
慌てて顔を繕い笑顔を浮かべるがこれに気が付かないゆかりではなかった。


「……どうかしたんですか? なんか、凄い疲れて見えますけど」
「ちょっといろいろあってさぁ。うん、疲れたかも」
「なんて言うか、私から言ったんですけど……先輩が疲れたって言うの、初めて聞いた気がします」
「そっかな?」


顔を繕えず、力なく笑ってしまう。
普段なら大丈夫だと元気に返せるのに、結構心にキているらしい。


「……もしかして、真田先輩と何かありました?」
「ううん、アキくんとは何もないよ」
「……あっ。じゃあもしかして、先輩のファンの人とか……?」


ゆかりもまた、人気者だ。そして何よりも察しが良い。
智草はへらりと眉を下げた。


「……ん〜、ゆかりちゃんにはお見通しってわけか」
「……あの、…」
「気にしなくて大丈夫だよ。別にいざこざがあったわけじゃないから。ただちょっとした宣戦布告? 注意? を言われたってだけなの」
「それって結構ヤバいんじゃ…。真田先輩はこのこと知ってるんですか?」
「アキくんのことだから、自分にファンクラブがいるってのも分かってないと思うな〜」
「あ、じゃあ桐条先輩とか! 篠原先輩のためならきっと力に――!」


彼女の名前を呼んで、言葉を遮る。


「ゆかりちゃんは、部活はもう終わったの?」
「えと…鍵を職員室に返せば……」
「そっか。付き合うよ。その代わり、帰り途中まで一緒に帰りましょ」
「あの……。……分かりました」
「ごめんね。でも気にしないで。私そこまで弱くないから」
「…はい」

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