Protect you. | ナノ

03


 左腕を振るうと銀の一閃がモンスターを裂く。確かな手ごたえにふうと息を吐いて刀身を収めると、クラウドもバスターソードを背負ったところだった。


「あんた、意外とやるな」
「クラウドもね」


 JSフィルターの交換をし回った後、クラウドの縁を広げるために自警団の仕事を手伝うことになった。いつもの場所にはビッグスとウェッジがいて、話が簡単に通る。しかも、どうやらクラウドとは面識があるらしく、オマケに二人はクラウドへ恩があるのか礼と称して仕事を与え、且つなんでも屋の宣伝をしてくれることになった。
 ガレキ通りでモンスターを倒し続けていくうちに、心の中の靄が拡大していく。クラウドの背中を眺めて、その奥にザックスの姿が映った。剣の振るい方、身のこなしがどことなく彼に似ている。

 訊ねたい。
 あの後から、何が起こったのか。
 荒野の血痕は、一体誰のものなのか。
 ザックスは、今どこにいるのか。
 クラウドは、どうやって魔晄中毒から回復したのか。

 訊ねたいのに、バスターソードが視界に入る度、心が悲鳴を上げる。クラウドと会えた喜びよりも、大剣しか存在していない事実が、嫌な予感だけを増長させてしまっていた。


「……なあ」
「ん? どうしたの?」


 あらかたモンスターを片付け、いよいよ戻ろうかという矢先にクラウドが足を止める。


「あんた――どこかで、会ったことあるか」


 今日幾度も堪えていた涙腺がどっと熱くなった。


「……どう、かしら」
「は?」
「クラウドは、どっちだと思う?」
「分からないから聞いている。……もういい」


 私を通り過ぎる姿に、瞼からすうっと一筋液体が流れ落ちた。気付かれないようにすぐに拭うものの、濡れた感触はない。溜まった唾を呑み込んだ。


 ***


 壱番魔晄炉で一仕事終えた俺に、ティファが部屋を用意してくれた。そこまでの道すがらで「なんでも屋をしていく上で強力な助っ人がいるから、明日紹介するね」と告げられる。正直相手が誰だろうと興味は無かったはずだが、セブンスヘブンのドアを開けた途端、何故か心臓が嫌に飛び跳ねた。
 ティファから手招きされて近付く。カウンターに座っているのは一人の女。腰には二丁の拳銃がクロスでホルスターに収められており、サイドからは刀剣が提げられていた。

 ティファの紹介で振り向いた女の顔に、反射的に息を呑む。目鼻立ちが良くきりっとした美しい造形。肌は触れずとも柔らかそうな艶を帯びている。薄っすらと開いた唇はふっくらとしていて、外見だけでも柔らかいのだろうと目を奪われた。

 ――ね 、 ラウ 

 唇が、動いた気がした。


「……ナマエ? ……クラウドも、どうかしたの?」


 ティファの言葉に、惹き寄せられていた意識が俊敏に戻る。
 俺は今、何を視た?
 首を横に振ると、目の前の女が立ち上がる。銃剣を取り扱うにしては随分と細い身だ。俺を見つめていた眼は僅かに伏せられていて、長い睫毛が揺れ動く。女の色香を感じた。


「……初めまして、かしら」
「あ、ああ。……クラウドだ」


 動揺した自分に、叱咤したくなった。他人になんて興味ないはずが、一瞬で囚われそうになったのは何故か。続くティファからの荒事以外の仕事内容に呆れるふりをして、内に溜まっていた吐息を吐き出す。


「次の交換はマーレさんのところね。天望荘ってアパートの大家さんなの」
「もう会った」
「そうなの? ティファもそこに住んでるのよ」


 俺も住んでいると返す必要もなく、前進するナマエの後ろを歩く。腰部の拳銃は銀と黒のシンプルなデザインと装飾が施されているが、ぱっと見ただけでも覚えがない。少なくとも神羅製ではなさそうだ。剣も備えているということは、遠近どちらにも対応できるようにしているのだろうか。となれば、そこそこ戦闘をするのかもしれない――が、とても容姿からは判断が出来なかった。


「ティファたちの協力者みたいだから、あんまり仏頂面するよりは少し笑ってあげてちょうだい」
「協力者?」


 歩きながら顔だけが振り向く。髪の毛で時折隠れる唇が弧を描いた。


「そ。大事な彼女たちの協力者」
「何か知っているのか」
「どうかしら」
「誤魔化すのか」
「そうかもね」


 別に真相がどうであろうと俺には関係ない。仮に邪魔になるならば斬ればいい。
 天望荘が近付くと、一階にいた管理人の目尻が目に見えて下がった。


「あらあら、ナマエ! 今日はこっちに来てたんだねぇ。顔を見れて嬉しいよ」
「ふふ、ご無沙汰かしら。昨日もお邪魔していたのだけど、挨拶に伺えなくてごめんなさいね」
「いいのさ! あんたが元気にやっていれば、それが一番だよぉ!」


 こっちに来ていた? 良く分からない会話に首を傾げると、マーレの垂れた目尻がぐんと吊り上がった。どうやら俺に気付いたらしく「あんたもいたのかい」と睨みを利かせられる。この態度の差はなんだ。


「あら、知り合いだったの?」
「ティファの頼みでねぇ。ウチに住ませてやってんのさ」
「そうだったの。良かったわね、見知った人と同じ場所に住めるなんて心強いじゃない」
「興味ないね」
「あら淡白」


 それより仕事だろと息を吐く。ナマエは小さく頷いた。


「マーレさん、今日はティファの代理でJSフィルターの交換に来たのよ。お代は彼にお願いするわ」
「いつもティファを助けてくれてありがとうねぇ」
「ふふ、お安い御用よ」


 金を受け取って次の集金場所へ着いて行こうとすると、


「あんたはちょっと待ちな」


 と足止めを食らった。どうやらナマエは気付いていないらしく、ゆったりとした速度で歩いている。


「いいかい。ナマエを傷付けるような真似はするんじゃないよ」
「腕立つんだろ?」
「そういう問題かい! あんな容姿して人当たりもイイときた、ティファと同じく人気者さ。泣かせたらウチだけじゃなく、他のスラム街からも追い出されると思って働きなよ!」
「……善処する」
「ったく。ほら、さっさと行きな!」


 足を止めたのはあんただろ。砂利を踏むとタイミング良くか悪くか、ナマエが振り返った。薄っすらと弧を描いた唇が俺の名前を呼ぶ。続いて訪れた武器屋ではフィルターの効果がないとクレームを付けてくる男がいたが、少し声のトーンを下げただけで目当ての金は手に入れた。
 縁は金よりも大事らしい。自警団の仕事を手伝うことになり、昨夜の作戦時にいた二人がその場にいた。ナマエも見知った顔らしく、話は円滑に進む。得意な揉め事にようやく着手できそうだった。


「で、モンスターはどこだ」
「ガレキ通りだ」
「クラウド、行きましょうか」


 待て。なんで一緒に来る気なんだ。


「一人で行ける」
「場所知らないでしょ?」
「……下手に動き回らないでくれ。襲われてもしらないからな」


 そうだった。だが女を連れてモンスター退治に行くわけにもいかないだろ。別に心配しているわけではないが、勝手に傷付かれて周りから咎められるのはごめんだ。


「安心しろ、クラウド。ナマエの腕はあんた並みだぜ」
「は? ……冗談は勘弁してくれ 」
「ははっ。見てみりゃ分かるって」
「期待に応えられるかは置いといて、邪魔にはならないと約束できるわよ」


 再び上がった口角は自信の表れなのか。傷付いても知らないぞと吐き出して、何度目かにならない背中を追いかける。早くこの土地になれて、一人で動けるようになりたかった。



 女で、細い身で、と差別をしたのは誤りだった。モンスターを目の前にしたナマエの瞳は細められ、鞘から銀色が露わになる。腕を振るった途端に刀身部の節々が分離して一気に距離が伸びた。蛇腹剣か。刃を自由自在に操るの動きはしなやかで、前線へ切り込む俺のフォローを上手い具合にしてくれた。戦闘は一人のほうが暴れやすいと今の今まで感じていたが、初めて自然に共闘出来たと思う。


「あんた、意外とやるな」
「クラウドもね」


 名前が唇から発せられる度に、やけに胸騒ぎのようなむず痒さに襲われる。なんだ、これは? バスターソードを背中に背負って歩き出すと、後ろから着いてくる気配がなかった。ナマエは度々、俺を凝視している。頻りに唇が動いては止まる動作には気が付いていた。だが、あえてこちらから問う必要はないと無視をする。

 ただ、何となく気になって後ろを振り向くと、綺麗な眼と真っすぐ絡んだ。出会って初めてまともに視線を合わせたかもしれない。あんたが、すぐ逸らすから。俺の魔晄を浴びた色とは異なる、赤と紫が混じったような色。俺は……この、色を、……?


 ――クラ  、見てみ よ!    の眼、めっちゃ綺麗なんだぜ!
 ――何色っつ たっけ? あーそ そう! 確か……


「なあ」
「ん? どうしたの?」
「あんた――どこかで会ったことあるか」


 かっと見開かれた眼は、ゆらゆらと揺れていた。光を受けて煌く色はまるで高価な宝石のようで、やはりどこかで、覚えが……。


「……どう、かしら。クラウドはどっちだと思う?」

 
 その返しに、誤魔化されているような気がして腹が立った。俺らしくもない質問をしたことに、頭を振って颯爽と歩き出す。後ろから着いてくるはずの足音は聞こえてこなくて、不意に足が止まりそうになってようやく砂利を踏む音。止まりかけた足に力を入れて、更に一歩踏み込んだ。


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