22
いざ神羅ビルへと駆け出しても肝心のプレートの上へ行く手段がなかった。裏ルートとバレットが口にするとティファの視線が私へゆっくりと向けられる。確かに私はプレートの上とスラムを行き来していたけど、実はタークスに発行してもらったIDを使っていたから「裏ルートで得た正規の方法」しか知らない。
結果、知っていそうなのはコルネオだろうということになり、ウォール・マーケットへ再び足を踏み入れたのだけれど……。
「ナマエ、俺の真横を歩け。離れるな」
「前方の安全確認は私がするね」
「バレットは後方だ。怪しいやつがいないか目を光らせろ」
「あ! ナマエはもっとクラウドの傍歩いて!」
「この方が確実だな。来い」
「……」
繋がれた手を見つめたまま溜め息が零れた。こんな調子で、中々前に進めない。恐らく前回コルネオに薬を盛られて危うく手を出されそうになったせいなのか――やけにクラウドとティファが神経を尖らせている。唯一事情の知らないバレットは大人しく後ろを歩きながらも、当然の疑問を口にした。
「あん? おまえら、此処でなんかあったのか」
「言いたくない」
「おい、クラウド――」
「覚えてない」
「……なあ、ナマエ…」
「うーん…今は何も聞かないでくれると、嬉しいかも」
「……」
不憫で仕方がなかった。
「ねえ、マムのところに寄らせてもらっていいかしら? ほら、心配掛けたと思うし」
私たちの服や武器は、アニヤン経由でレズリーが手配してくれたらしい。だから私たちの無事を皆信じてくれているだろうけれど、やはり顔ぐらいは見せて安心させてあげたかった。あの後、代理人である三人がコルネオにどんな圧力を掛けられているのかもわからないのだから。
本当なら入口でサムに告げれば全員へ通達すると思ったのだけれど、肝心のサムは不在。アニヤンよりはマムの方が確実に会える気がした。
クラウドは暫し逡巡した後に「そうだな」と頷いてくれた。バレットは相変わらず首を傾げたままだったので、簡単に世話になった人だと告げて手揉み屋へと向かうと、店先に佇む優美な姿を発見した。マムは少しだけ驚いたような仕草を見せたものの、扇子で口元を隠して腰を捻る。
「おやナマエ。やっぱり無事だったね」
「マムこそあの後どうだった? コルネオから変な圧力掛けられていない?」
「圧力どころか、姿さえ見えないよ」
姿が見えない? 思わずクラウドと顔を見合わせる。首を傾げ詳細を訊ねれば、私たちが乗り込んで以降文字通りコルネオの姿が見当たらないらしい。逃げ出したのか、はたまた余計なことを喋ったとして始末されたのか……。
「プレートの上へ行く方法を知らないか」
「今はどこも厳戒態勢さ。ネズミ一匹通れやしないよ」
どのみち、コルネオを捜し出すしかなさそうだった。行く先は変わらないということで別れを告げようとすると、マムが面白そうに目を細める。
「へぇ? なんだい、鈍感純朴男だと思ったら案外やるじゃないか」
「……鈍感純朴男?」
「悪いが先を急いでいる。……世話になったな」
「はん、お安い御用さ。ナマエ、気を付けていくんだよ」
「ありがとうマム。また来るから、その時は手を揉んでちょうだい」
「あんたならちょい割りにしとくよ」
手を振ってマムと別れる。街中を歩くと人々がコルネオの不在について、この街の今後について話題に出していた。どうやら本当にコルネオは屋敷にいないらしい。せめてレズリーに会えれば何か分かるかもしれない。
クラウドに手を引かれたまま中心部へと向かう。屋敷の手前にある橋の上で、クラウドが可笑しな行動をとっていたな、なんて思い出した。照れてあの言動だったのだと今になって分かってしまうと、嬉しさに頬が緩む。
コルネオの屋敷へ入ると案の定すっからかんだった。人の気配すらない。扉を開けては捜索し、開けてはまた辺りを見回す。それでもいない。最後はやっぱりコルネオへ連れられたベッドがあるあの部屋で――
「クラウド」
「ああ、わかっている」
人の気配があった。クラウドがゆっくりと手を離し、そればバスターソードの柄へと向かう。一歩、大きく踏み出した瞬間に迅速な動きで刃を向けた。
「…おまえたちか…」
拳銃を突きつけてきたのはレズリーだった。レズリーは侵入者が私たちだと気付くと重々しい溜め息を吐く。緊張をしていたのか、肩のこわばりが徐々に和らいでいった。
「レズリー、会えて良かったわ。私たち、コルネオを捜しているの。プレートの上に行きたいのよ」
「なるほどね。それなら、俺も知っている」
「本当か。教えてくれ!」
「……この先に用がある。あんたたちが手伝ってくれるなら、上に行く方法を教えてもいい」
導かれた場所は巨大な穴。私たちがコルネオに落とされた、侵入者用の落とし穴だった。
「下水道? 何しに行くの?」
「コルネオの隠れ家がある。そこまで行きたい」
「俺たちをハメるつもりじゃねえだろうな?」
あくまでもレズリーはコルネオの部下。特にバレットにとっては初対面の人間であるため警戒心は強い。けれど私からしてみれば二度も救ってくれた相手であり、コルネオのように性根の腐った男のようには思えなかった。
「バレット、レズリーは大丈夫よ」
「あぁん? なんか知ってんのかナマエ」
「信頼できるってことだけは知ってるかしら」
「……あんたは、本当に物好きだな……」
「誉め言葉かしら? 下にモンスターがいたら大変だし、私が先に下りるわ」
手をひらりと振って階段へ手を掛けたものの、肩を引っ張られて後方へ。代わりに前に出たのはクラウドで「俺が先に行く」だった。クラウドに続いて私、レズリー、ティファにバレットと下水路へ下り立った。前回は先にクラウドの香りに包まれたから嫌悪感が強くなかったけれど、やっぱり臭う。
「ねえ、聞いてもいい? オーディションの時どうして助けてくれたの?」
「アニヤンに頼まれたからだ」
「それだけ?」
「……俺は、あそこまで捨て身にはなれなかった……」
鍔の下で唇を噛み締める姿。ティファは首を傾げる。
「いいじゃない。レズリーは用を片付けられる、私たちはプレートの上へ行ける。今はそれで十分じゃないかしら」
「……やけに肩を持つんだな」
「え? ただレズリーを信じてるだけよ」
「……」
隣にぴったり立つクラウドから不満げな視線が向けられる。唇はきゅっと引き締まって口が僅かに尖っていた。これに可愛いなんて感じた私は、よほど重症なのかもしれない。どうしてクラウドが不満げなのか理解には至らなかった。
「だから、彼を信じる私を信じてちょうだい」
そう告げると、呆れたように溜め息を吐かれる。コルネオの隠れ家があるという扉を前にすると、突然背後から気配を感じた。剣を抜こうとするものの追い付かずレズリーに影が飛び掛かる。鞘から抜いたと同時に
「っそれは……待て! 大事なものなんだ!」
とレズリーが声を荒げた。逃げようとするモンスターへ剣を振るい、蛇腹が伸びてモンスターを捕らえる。手から落ちた麻袋をクラウドが手にすると、口が開いていたのか中からかしゃんと金色のペンダントが落ちた。
「おまえのもんじゃねえよな……身内の形見か」
「……家族はいない。半年前――彼女はコルネオの嫁に選ばれた後、そのまま姿を消した。その時つっ返されたんだ。……酷いだろ? 結構いい値段したんだけどな」
レズリーは受け取ったペンダントを強く握りしめる。コルネオの直近にまで上り詰めた理由は、復讐。「今更だと分かっている」と告げるレズリーには強い後悔が感じられた。
更に奥へ進んでいくと隠れ家があるという部屋までたどり着く。レズリーたっての希望で部屋に入るのは本人のみ。そっと息を潜めていると、レズリーの声掛けに物陰からひょっこりと顔を出したのは――紛れもなくコルネオだった。
本当に身を隠していたらしい。顔を見ただけでぞくりと鳥肌が立って、腕を摩る。大丈夫か、とクラウドが酷く心配そうに窺ったものだから安心させるように微笑んだ。
「ほひ? アバランチの子猫ちゃんたちは? 捕まえてくるのがお前の仕事だろうが」
「すいません。そのことでご報告が」
「ほぉーん?」
耳打ちを求められたレズリーが拳銃を隠し持ちながら近くへ寄り突き付ける。が、これをコルネオは察していたのか、意外にも迅速な動きでレズリーの鳩尾を殴って拳銃を奪った。
「俺がなんで隠れてるか知ってるよな。アバランチの子猫ちゃんにちい〜っと喋り過ぎて神羅に睨まれてちまったんだぞ。プレートがどががががーんでもっともーっと被害が大きくなるはずが、あいつらがスラムのやつらを避難させちまいやがって……」
あの男、どれだけ卑劣なのかしら――怒りに震えるのは私だけではなく、バレットは今にも飛び出しそうだった。落ち着きなさいと自分に言い聞かせる。その間にはコルネオはぺらぺらと神羅はミッドガルを見捨てるつもりだなどと語り、拳銃を突きつけた。
「さ〜て問題です。俺たちみたいな悪党がこうやってべらべらと真相をしゃべるのは、どんな時でしょ〜か?」
「…………勝利を、確信している時」
「正解!」
「――本当にそうか?」
無防備な首筋に、バスターソードが光った。
「ほひ? おまえら!?」
「七番街の件、詳しく聞かせてもらおうか」
「あ〜〜、あ! あ〜〜!」
「てめえ、ふざけてんのか」
あらぬ方向を指差して注意を引こうとするコルネオに、当然誰も引っかからない。何もないと信じ切っていたのだけど。突如としてどすんっどすんっと激震が走り、態勢が崩れる。その隙にコルネオは奥の扉へと逃げて行ってしまった。追いかけようとしても上から降ってきたモンスターがこれを阻む。
「これ、前戦ったやつじゃない!」
「アプスとか言ってたね。…うん、早く片付けよう!」
一度戦ったことのあるモンスターだったこともあり、決着は早くついた。途中でレズリーがティファを庇って吹っ飛ばされてしまったけど、怪我はないみたい。再び手から離れたペンダントをティファが手渡した。コルネオを追うと告げるレズリーに、優しい声色で遠回しに恋人を捜してあげようよと告げる。それが、ネックレスに秘められた彼女の想い。
「花言葉、何だったんだろうな」
手に収められたペンダントをよくよく見ると、馴染み深い花を象っていた。私は、私たちはこれを知っている。クラウドも思い当たっていつつも、言葉に出すべきか悩んでいるようだった。
「――再会だよ」
そんな中で、ティファの明るい声が照らす。言葉の意味を理解したのか、レズリーはゆるりと目尻を垂れた。
「……あいつを捜すのが、先だな。…ありがとう」
「見つけたら紹介してちょうだい。あなたの恋人に二度も助けてもらったって、私が武勇伝を語ってあげるわ」
「やめてくれ。恥ずかしいだろ」
「ふふ、いいじゃない。あなたが好きになる人なんだもの、きっと素敵な方なんでしょうね」
「……ああ」
ようやく、彼の中の憎しみが薄れていった。復讐を否定するつもりはないけど、もしかしたら彼女がどこかで待っているのかもしれない。
――そう、待っているのよ……。
私も、見つけられるのかしら。死んだと勝手に結論付けるのはまだ早い? でも、捜しまわっても手がかりがまるで得られない。唯一クラウドの存在が希望であったのに、背負う剣が絶望を齎す。諦めるべきか、諦めないべきか。どこが正解の終着点なのか、未だに私は彷徨い続けたまま。
「ナマエ? どうした」
「えっ? あ、やだ、少しぼうっとしちゃった。皆は?」
「先に行っている。まさか怪我でもしたのか」
険しい表情のクラウドが近付いて怪我の有無を探るように顔や腕、足元へ視線を向ける。両肩に当てられた手に重ねて首を横に振った。
「違うわよ、平気」
「何度も言わせるな。あんたの平気は信用していない」
「怪我はしてないのは本当よ。ただアテもなく捜すのも大変だなって思ったの。……ねぇ、クラウドは私に捜させないでね」
もうあんな思いはしたくない。こんな気持ちを抱えていたくない。ザックスに引き続いてクラウドまで、居なくなってしまったらきっと――今の私はきっと立ち直れないから。弱くなった自分自身に嘲笑しながら瞼を閉じると、やんわりと抱きしめられた。
「あんたの傍にいると誓った」
「……おバカ……」
中途半端な私を許すように、クラウドが優しく頭を撫でてくれる。それが堪らなく嬉しくって、身を委ねた。