Protect you. | ナノ

21


 クラウドが不快そうに口をきゅっと結んでいる。慣れない慰めをしていたのに途中で頭痛に見舞われて、逆に心配かけたからご不満みたい。


「クラウド、私気にしてないわよ」
「……。……続き」
「さっきの話? もうそこからはないわ」
「……」


 嘘だと非難の眼差しが向けられたので、クラウドがやるみたいに肩を竦めてみた。勿論これもご不満だったみたい。折り曲げていた片膝に腕を乗せて、はぁと溜め息を吐かれる。私にではなく、恐らく自分自身に。その横顔が、酷く愛おしかった。
 まさか自分があんなに泣きじゃくって、思いの丈を吐き出す日が来るなんて想像もしていなかった。最後にあそこまで泣いたのはいつだろう。多分、相当昔。まだまだ弱かった時ね。

 今でもクラウドに抱きしめてもらった場所がじんじんと熱い。平然を装ってはいるものの心臓が激しく主張してきている。抱きしめて、慰めてくれただけでこんなにも嬉しいというのに、クラウドはまだ私の話を聞いてくれようとしている。さてどうしたものかな、と考えていると不意にグローブへ視線が向いた。


「まだ慰めてくれる気はあるかしら? …お願い、あるんだけど」
「なんだ?」


 私からの強請りが意外だったのか、小さく目を丸めてそれでも応えてくれた。


「手を触りたいわ」
「は? 手? ……構わないが」
「そうじゃなくって。これ、取って?」


 差し出された掌にはまだ布切れが邪魔をしている。手首の留め具を指で突くと、訝しげにしながらも片方のグローブを外してくれた。何時も隠れている前腕から指先までの肌色が、酷く新鮮。両手でゆっくりと持ち上げて、掌に指を這わせた。ぴくりと動く指先に顔を上げると、気まずそうに視線を逸らされる。


「擽ったかった?」
「あ、いや……平気だ。だが、どうして手なんだ?」
「うーん…いつもグローブ越しだから、クラウドの素手が気になったっていうか。……マムのところで揉んでもらってたでしょ? 私も……」
「も?」
「……さわりたいなって……」
「…それ、は……」


 そうだ。私、あの時マムが羨ましいって思っちゃった。私を支えてくれる手はいつだって隠されていて、それを先に覗けるマムが……羨ましいって。おまけに手揉みされた男の人がどうなるか見たことあるから、クラウドも溶けちゃうのかなと考えて――……妬いた。


「いつも私を助けてくれる手の温もり、気になったのよ」
「たっ、大したものじゃないだろ……」
「…ううん…感謝してるのよ、これでもね」
「……」
「……」


 何を紡げば良いのか分からず、クラウドの手を握ったまま口を閉ざしてしまう。しんとした静けさの中で最初に動いたのはクラウドだった。私の掌の中に収まっていた指が広がって、ゆるりと指の間に絡まってくる。指の付け根までしっかりと重なるとやんわりと握られた。とくんと、一際高鳴る。


「……あ、あんたが、強請ってきた……」
「…そう、ね…」
「……」
「……」


 また、無言。おかしい。私ってこんな耐性がない女じゃないはずなのに、どうしてか今日は上手く立ち回れない。むしろ、じわじわと指先が熱くてここだけ取り残されているような感覚に陥る。でもイヤではなくて、もう一方の手を添えた。包み込むように引き寄せて、瞼を閉じる。
 明日のエアリス救出、恐らく戦闘は避けられない。でもクラウドが一緒なら、きっと成功できる気がする。


「……ナマエは、自己犠牲が過ぎる」
「ふふ。またそれ?」
「俺だけじゃない。ジェシー、エアリス、マム……他の連中だって同じように見てる。あんたが他を守りたいように、あんたのことを守りたいやつらだって大勢いる」
「……そうね」
「だが、いくら自分を大事にしろと言ったところで、ナマエの中にはもう深く根付いてるんだろ。だから――」


 意外な続き方に、首を傾げた。私を見下ろす魔晄の瞳が、真摯に向き合っている。


「俺があんたを守る。あんたが無茶をしたらフォローするし、泣きたい時は胸を貸す。弱音だっていくらでも聞いてやる」
「……クラウド、男前過ぎないかしら」
「あんただからだ」


 激しさを増す心臓の高鳴りに気付かないで茶化すつもりだったのに、クラウドはそれを赦してはくれなかった。


「タークスの連中がちょっかいかけているのが、面白くなかった。コルネオがあんたに触れた時、初めて腸が煮えくり返った」
「え、え? どうしたのよ、突然?」
「あんたのあんな格好も表情も――俺が独占したかった」


 絡まった指先に力が籠り、クラウドの瞳がギラつく。


「…ナマエ、俺はあんたが」


 慌てて、クラウドの唇へ指を押し当てた。不愉快そうに歪められた表情に二の句が継げなくて、視線が彷徨う。けれど、今この言葉を聞いてはいけない気がした。
 だって、だってそう。クラウドにはもっとお似合いの人がいる。エアリスなんてお似合いだ。ザックス亡き今、新たに前へ踏み出すにはクラウドの存在が必要不可欠なところまできている。これ以上、エアリスから奪うなんて私には。

 頭がぐるぐる混乱していると、唇に当てていた指が離される。掴まれた手首はグローブ越しだというのに、沸騰して溢れかえりそうなほどの熱量を帯びていた。


「応えられないからか、他を気にしているからか。どっちだ」
「……それ、は……」
「会いたいとか傍にいたいとか平気で言うくせして、俺が伝えようとしたら拒むんだな。それとも好意の欠片もなく建前で発しただけか?」
「ちがっ、」
「言葉にしなければ、いいのか」
「え?」


 目まぐるしい展開に追い付かなくなっていたから。瞬時に脳味噌が働かなかった。あれだけ綺麗だと褒め称えていた魔晄の輝きが、かつてない程近くで瞬いている。口唇へ触れる柔らかな感触は、初めてじゃない。腰を引き寄せる腕は、何度も私を助けてくれて……。


「……止めないんだな」


 掠れた艶のある声色に背筋がぞくりと痺れた。魔力を秘めているような瞳から、目が離せない。触れた唇からも音を発せられない。情けのない震えた吐息だけが吐き出される。遂に眩暈がして、再び視界が暗くなった――




「エアリスを、助けてやっておくれ」


 翌日、エルミナはクラウドたちにそう告げてくれた。悩みに悩んだ夜を過ごしたと思う。けれどやっぱりエルミナの傍にはエアリスが必要だから。私たちにも、必要だから。


「……ナマエ、あんたも本当に行くのかい?」
「ええ。必ずエアリスを連れ戻してくるわ」
「…止めても無駄なんだね…」
「ごめんなさい。私、明日にでも三人で食卓を囲みたいのよ」


 エルミナは、クラウドたちにエアリスのことを語ったと昨夜教えてくれた。幼少期のエアリスの目の前で実の母親が亡くなったこと、そのエアリスを引き取って今に至り、タークスが訪問し始めたことも。


「ならせめて、街の皆に顔を出してからお行き。最初にあんたを見つけてくれたじいさんなんて、過呼吸起こしてたよ。自分が運ばれちゃ世話ないね」
「あら……悪いことをしちゃったわ」
「いいからぱっぱと挨拶しといで!」
「もう、分かったわよ。……入口で待ってる」


 クラウドへ告げる。小さく頷いてくれた瞳を暫し見つめて、すぐ外へ飛び出した。


 ***


 ナマエが出ていった扉をエルミナが、寂しそうに見つめる。エアリスが神羅へ行ったと告げた時と同じ顔だった。


「…ナマエは、元々ミッドガルの外で暮らしてたんだ。突然現れたと思ったらエアリスの傍に度々顔出すもんで警戒したよ。あの子はあんな性格だから受け入れていたけど、あたしはごめんだった」


 以前同じようなことをナマエも言っていたな。初めて会った時は拒絶された、だったか。案外、会話の内容を覚えているものだ。


「タークスとも戦ったなんて物騒な子を、エアリスに近付けたくなかった。……でもねぇ……、あの子、泣きそうになりながら懇願してきたのさ。『私にエアリスを守らせてください』ってね」
「……どうして、ですか?」
「さあね。今でも分かりゃしないけど、当時のナマエは何かに焦っているようだったよ。それでもあたしは、突き放していたんだけどねぇ……」


 エルミナは机の上で腕を組んで、力なく首を横に振った。当時を懐かしんでいるのか、薄っすらと微笑んでいる。


「こっちへ来てからまともに食わず寝ずで過ごしていたみたいで、ある日、やつれた酷い状態で人様の庭に倒れていたんだ。……意識を失くしながら、あの子は静かに涙を流していた」
「はー……俺にゃあナマエが泣く姿なんて想像つかねえけどな」


 昨夜の、涙が蘇る。寝ながらエアリスと俺を懸命に求めていた。泣きながら必死になって自分を責めていた。この頃から既に押し殺して堪えていたのか。何が、ナマエをそうさせるんだ?


「掠れた声で誰かの名前を呼んでたね。…その中にエアリスまで入ってるんだ。見捨てることなんて出来ないじゃないか」
「……ナマエは、元々エアリスを知っていたんですか?」
「そうかもしれないね。……でも今となっちゃ、どうでもいいことさ。ナマエも、あたしの大切な娘なんだ。エアリスのことばかりで自分を二の次にする、困った子どもだよ」


 エルミナは瞼を閉じてまるで祈るように組んだ掌へ力を込める。心配で仕方がないのだろう。エアリスも、ナマエも。今となってはエルミナの家族はこの二人だけなんだ。


「頼むから――ナマエのこともどうか、よろしく頼むよ……。無茶しそうだったら引き留めておくれ」
「ああ、任せろ」


 守ると、決めた。


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