Protect you. | ナノ

20


 崩落した七番街。バレットにとって唯一の希望であるマリンは恐らくエアリスの家にいる。そう踏んだ俺は伍番街へと歩を進めていた。
 ナマエの姿は、ない。いくら探してもナマエの姿だけが見つけられなかった。俺と同じようにマリンの居場所を察して帰っているかもしれない。そう望みを持つことで、なんとか歩む力を得られた。


「なあ、ナマエはよ……タークスの人間なのか」
「バレット! なんてこというの!?」
「だがあのツォンってやつと顔見知りだったよな!? タークスの連中のことも知っていやがった! 随分親しそうだったじゃねえか!」
「やめてよ! ナマエは一生懸命戦ってくれたんだよ!?」


 この混乱が、冷静な判断を鈍らせているのだろう。


「落ち着け。エアリスを狙うタークスと何度も対峙していたからだろう。最後まで止めろと訴えかけていた。あちらの側ではない」
「……そ、うか……そう、だよな……。悪い……」
「今から向かうのって、ナマエの家でもあるんだよね。家に、帰っていると良いけど……」
「そうだな」


 ツォンへ嘆いた顔が忘れられない。苦し気に歪め、泣きそうだった言葉には恐らくナマエの過去が関与しているのだろう。
 エアリスの家までの一本道を歩く。花々に囲まれた家の灯りはついていた。バレットが勢いよく叫びながら駆けこんで、慌てて後に続いた。こんな巨体が急に家に上がり込んだらエルミナが驚くだろう。中へ入れば、俺の姿を見て恐らく察したのか、マリンが二階にいることを教えてくれた。バレットとティファが上がっていく姿を見送る。


「エルミナ、ナマエは……」
「……いるよ。…意識を朦朧とさせながら帰って来たさ」


 その言葉に、酷く安堵する自分がいた。肩の力がようやく抜ける。踏ん張ってきた足の力が、情けないことに抜けそうになった。


「大人しく眠ってほしいのに、エアリスとあんたの名前ばっかり魘されるように呟いてるよ」
「俺の……?」
「顔を見せてやってくれないか。じゃないとあの子、悪夢しか見れやしない」


 ナマエの部屋を教えてもらい、階段をのぼっていく。途中でマリンの無事に喜ぶバレットと見守るティファの姿。更に階段をあがって一番奥の部屋。ゆっくりと扉を開くとベッドの上に人影があった。近付くと月明かりに浮かぶ、ナマエの寝顔。汚れはエルミナが拭ってくれたのか綺麗になっていた。


「ナマエ……」


 そっとしゃがんで、頬に触れる。皺を寄せた眉がびくびくと動き、瞑られた瞼が痙攣していた。唇が、震えている。


「…えあ、…す……く、らう…ど…」


 エルミナの言葉通り、とても安眠ではない。暗闇の中でひたすらエアリスと俺を捜しているのかもしれない。こんな状況だというのに、ナマエが俺を呼んでくれるのがどこか嬉しかった。
 毛布に手を掛けると、彷徨っているのか指先が僅かに動いている。その手を、握る。いつも剣を、銃を構える掌は頬のようには柔らかくなく少し肉厚だった。一体いつから、どうして武器を手にしているのだろうか。


「ナマエ、俺はここにいる……」
「ぅ……くらうど…」
「ここにいる」


 握りしめながら、額で乱れる前髪を流す。何度も囁いているうちに、次第に皺が薄くなっていって、穏やかな顔つきへと変化していった。伝わったのだろうか。夢の中まで自分以外を優先するとはな。恐れ入る。
 ようやく規則的な寝息をたててくれたが、痙攣が収まった瞼に薄っすら膜が張っている。目尻からすうっと、雫が流れていった――泣いている。

 ジェシーは、ナマエが泣く姿を見るのは初めてだと言っていたな。俺だって初めて見たさ。むしろ泣くような女性には想像もしていなかった。だからこそ、彼女は孤独に戦っていたのかもしれない。握る力が更にこもった。



 エアリスの救出へ行こうとした俺を、エルミナは必死になって止めてきた。どうしてだ、自分の子どもだろう? 納得はいかないが、バレットが七番街スラムの様子を確認したいとの申し出があり、渋々頷いた。去り際にもう一度ナマエの様子を見に行くと、今度は静かに眠っていてくれている。行ってくる、と頬を撫でて七番街スラムへと向かう。

 奇跡的にも、ウェッジを見つけることが出来た。酷い怪我だったものの、息はしている。偶然にも迷い込んだ地下には神羅の施設があり、また例えられないヴィジョンが頭へ流れ込んできたが、とにかくウェッジの身を確保できたのは最大の収穫だ。
 だが、肝心の療養させる場所がなく――再び、俺たちはエルミナの家を訪れた。エルミナは、何も言わずに受け入れてくれる。


「エルミナ、やはりエアリスを取り戻すべきだ」
「またその話かい」


 脳裏に過ぎる、神羅の地下施設。あれは実験施設だった。エアリスが古代種の生き残りだというなら、逆に危険だ。科学部門には宝条がいる。あいつの手にエアリスが渡ったとしたら――想像するだけでも恐ろしい。だがその話を伝えてもなお、エルミナは首を縦に振ってくれなかった。


「少し考えさせてくれないかい。あんたたちも疲れただろ。今日はもう休んだ方がいい」


 これ以上は、何を言っても無駄だった。仮にエルミナが許可をしなくても俺は、エアリスを助けにいかなくてはならない。呼ばれている気がするんだ。
 バレットはウェッジに、マリンにはティファが傍についている。全員、大人しくベッドで眠れるような気分でもなかった。俺もまた、ナマエが眠る部屋の壁に背中を預けて瞼を閉じる。


 熾烈な一日だった。ずっと動き続けて戦い続けて。ソルジャーとしてそんな日々には慣れていたはずだが、いやに体が疲労を蓄積している。次第に意識が遠のいていった。




 目が覚めたのは僅かな足音。重い瞼を開けるとベッドの膨らみが消えていた。慌てて立ち上がるがやはりナマエの姿がない。窓の外へ視線を向けると、後ろ姿が小さく映った。他の皆を起こさないように階段を下っていく。そういえば以前も、こうやって夜にこっそり家を出たことがあったな。
 玄関の扉を閉めて辺りを見回しても、ナマエの姿が見当たらない。花畑を進んでも見当たらなかった。何処へ行ったと焦燥感が出てきだした時、ふと、以前エアリスが案内してくれた秘密の場所を思い出した。

 家の裏手、少し先に行った場所に小さな空間がある。ここにも花は咲いていて――焦がれていた姿を、ようやく捜しあてた。俺の気配に気が付いたのか、ナマエは僅かに振り向いて口元だけが弧を描いた。


「……ここね、私専用の花畑なの」
「知ってる。エアリスが教えてくれた」
「花を育てたら心も穏やかになるんですって。……その通りね」


 ナマエのために用意された、小さな世界。その中心でナマエは宙を見上げていた。


「夜が明けたらエアリスを助けに出るわ」
「俺も行く」
「心強いわね。エルミナには話をしてあるから、きっと頷いてくれるはずよ」


 ナマエは今、何を考えているのだろうか。またエアリスや他の人間のことか。それともタークスの奴らのことか。いや、七番街のことかもしれない。伍番街で暮らしているのに七番街の連中とも仲良かったからな。


「ナマエ、……その……大丈夫か」


 気の利いた言葉なんて掛けたこともない。どうやったらナマエの心へ触れられるか分からず、たどたどしい言い方になった自分に辟易した。


「ティファは?」
「……眠ってる」
「バレットも?」
「ああ」
「そう……」


 ナマエが、何かを堪えるように息を吸い、ゆるりと吐き出す。


「お願い……二人のこと、ティファのこと気にしてあげて。住む場所も、大切な仲間も、再三失った喪失感は人の心を殺してしまうから。酷なお願いだって分かってるけど、今はクラウドだけが頼りなのよ」


 どうして、そこにあんたがいないんだ。まるで孤独を自ら望むような後ろ姿が、酷く遠ざかっていく。追い求めるように細い肩を掴んだ。


「っクラウド?」
「あんたは」
「え……」
「あんたは、誰が気に掛ける」
「…誰かしらね」
「そうやって誤魔化すの好きだな」
「得意なのよ」
「俺には通用しない」
「そう、…かもしれないわね」


 その手に、ナマエの掌が重なった。拒絶されない安心感と同時に、受け入れられたことで別の感情がその大きさを増していく。


「…あんまり優しくされると…困っちゃう」
「押し殺される方が困る」
「……私じゃなくて、他をお願いしたいに……」
「俺は、あんたが心配なんだ」


 次第に、ナマエの紡ぐ言葉は遅くなっていった。声に覇気が無くなって、震えている。どうすれば伝わるんだ。俺が今気に掛けているのはティファでもバレットでもない、あんただってこと。なんて声を掛ければ、あんたは救われる。


「……ナマエ……」
「…………七番街の皆、優しかったわよね」
「…そうだな」
「私、あのスラム好きだった。…アバランチのメンバーもね、ジェシーたち以外にも知り合いがいたの。一緒にお酒を飲んだり、恋愛話をしたり、楽しかったわ。……もう、あんな風に過ごせないのね」
「……生きてる奴もいる。ウェッジをみろ」
「ふふ、そうでした」


 ようやく、ナマエがゆっくりと後ろへ顔を向けてくれた。以前エアリスが教えてくれたことだが、ナマエの瞳の色はアザレア色というらしい。赤紫の色艶ある瞳が揺れている。不安定に動いて、眉尻はまた下がっていた。その様子は、ビッグスとジェシーの前で泣くのを堪えていた様子と一致した。


「……スラムへ来て、初めて会ったのがジェシーだったの。あの娘ドジなところあるじゃない? また何かやらかした後だったのね。神羅兵に追われていたわ。…そこを助けたのが始まり。大したことしてないのに、それから凄く…良くしてくれて……」


 重なる手に、力が籠められる。


「…っジェシーの明るさに、あの時は……救われていたのっ……なのに、……!」


 がくっと項垂れたナマエが遂に両手で顔で覆う。初めて聞いたナマエの悲痛な叫び。初めて聞いたナマエの弱音――心の内だった。


「わ、私っ…が…今度は救ってあげたかった…! どうして逆らえないの! どうして届かないの!? ジェシーもビッグスも守れなかったじゃない! エアリスだって!! …私は、いつだって……走り出した頃にはもう遅い…!」


 ぼろぼろと溢れた涙は勢いを増して、顎先や手の隙間を通って零れ落ちていく。嗚咽を漏らしながら言葉を発する度に、胸が酷く締め付けられた。独りで耐え凌ぐような姿に我慢がならなかった。自責の念に駆られる肩を掴んで、正面から抱き寄せる。


「どうしてっ、いつも…間に合わないのよッ……!!」


 握りしめられたシャツ。布越しに立てられた爪の痛み。腕の中で頭を振りながら泣き叫ぶナマエを、ただ黙って抱いた。引き寄せた頭部に顔を埋める。それでもナマエを包み込むには体が足りない。




 ナマエの状態が安定したころには、瞳が酷く充血していた。ごめんなさいと見上げられ、潤む上目遣いに咄嗟に手が離れると、やんわりと微笑まれる。暫く、お互いに何も口を開かずにその場に座り込んだ。ナマエは花弁を弄ったり、空を見上げたり、時々膝に顔を埋めたりとしながら心の整理をしているようだった。


「ふふ……久しぶりに、メンタルやられちゃった」


 そうして落ち着いたナマエが、口元をいつものように緩ませる。無理をしていない自然な微笑に、むしろ俺の方が安堵した。


「クラウドと会う少し前にね――……救えたかもしれない人がいたの。その人は助けを必要としていたのに、私が巻き込まれないようにって協力を求めることもなく……いつの間にか消えてしまっていたわ」


 ジェシーが確か、ナマエには捜している人がいると言っていた……気がする。消えた人間が、そうなんだろうか。


「慌てて追いかけたけど、遅かった」
「……いないのか」
「…分からない。死体は見つかってないけど、血痕は凄かったわね」
「なら生きてるかもしれない」
「その人が手放すはずのないものを、他の人が持っているの。だから望みは薄いわ」


 ジリッと、頭に激しいノイズが走った。今はナマエを優先したいのに、覚えのない光景が過ぎる。掠れているが、これはミッドガルの外だ…。草木に囲まれた場所……小さな小屋があって、そこに三人の姿……。扉を開けて驚いているのは、…ナマエか? 今と変わらない容姿をしている。そして、来客者は……――ッ


「それにね、生きていたら絶対に会いに行っている娘がいるのよ。でも、何の音沙汰もないわ。もちろん、私にだってね」


 気付かれないように痛みを押し殺して、必死にナマエの言葉へ耳を傾けた。


「私がもっと早く気付いて追いかけていたら。そんな後悔が今も残ってる」

 
 ――ずっと後悔、渦巻いてる。それが足枷。自由が消えていく
 ――幸せになっていいのに、自分で遠ざけてる


 エアリスが以前告げていたのは、これを意味しているのか? 行方不明のその人物が見つかれば、ナマエの後悔はなくなるのか。少しは自分のことへ目を向けてくれるのか? だったら答えは簡単だ。


「他の奴が持ってるんだったら、そいつに聞けばいい」
「……恐くて、聞けないの」
「俺が聞いてやる」
「…無理よ…」
「どうして」
「どうしても」
「だからなんでだ」
「…だって…その人は――」


 また、ノイズが走った。さっきよりも強い痛みに耐えきれず声が漏れる。頭を抑えると、視界の隅で悲しそうに微笑む姿があった。違う、そんな顔をさせたいんじゃないんだ。
 ナマエは責めることもなく俺の頬に手を添えてきた。その唇が言葉を紡いでいるが耳に届かない――……。くそ、なんなんだこれは。



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